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わたしとくも



夜、何気なく布団に肘をついて寝転がり、スマホをいじっていた時のこと。ふと、胸元に違和感を感じた。

チラりと視線を下ろすと、キャミソール姿の私の胸元にそこそこの大きさの蜘蛛が這い登っていた。

まさかの出来事に驚いた私は、即座に払いのけた。
飛ばされた蜘蛛は布団の上にフワリと着地する。そしてしばらくの間、私と蜘蛛は、じっと互いに動かず牽制し合った。

私はけっこうな虫嫌いだが、蜘蛛だけは家の中に現れてもあまり嫌だとは思わない。なぜなら、私がもっと嫌う家内の害虫を食べてくれるからだ。

だから家蜘蛛はみつけても、そのままにし、共に暮らしてきた。でも直接触れたいわけではないので、極力私たちの手の届かない天井とかで静かに暮らしていてほしいと常に願っている。

ここ数日、家の中で何度も蜘蛛を見かけていたが、いつも通り放っておいた。

だからなのか。私が敵でないと思ったのだろうか。だからといって、胸元にやってくるのは、ちょっと距離の詰め方が早すぎはしないか。例え人間であっても、胸元は、ダメだろう。

そんなことを考えながらも、牽制は続く。蜘蛛も何故か逃げる様子がない。困った。逃げるなら、さっさと壁などよじ登って、他の部屋へ避難してくれ。

でもしない。流石にこのまま近くにいられるのは、蜘蛛を受け入れてきた身とはいえ、ちょっと困る。だってこいつ、私が友好的だと思い込んでいるかもしれないのだもの。私が寝静まる頃に、添い寝する可能性だってある。それは、けっこう嫌だ。


悩んでいると、蜘蛛も痺れを切らしたのか、私の布団の裏側へ回り込んでしまった。
違う、そっちじゃない。と思って布団をめくろうとしたが、誤って私は蜘蛛がいるであろう布団の上に思い切り体重をかけて手をついてしまった。

あ、終わった。
ごめんごめんー!と思いながら、がばっと布団をめくる。私は潰れて縮こまった蜘蛛の姿を想像していたが、予想外にも蜘蛛は生きていた。虫の柔軟性というか、生命力というのは本当にすごい。

蜘蛛を殺さずに済んだと、ほっとしたのも束の間。さて、それはそれでどうしようか。と、再び頭を悩ませた。

さっきの私の攻撃?のせいで、心なしか蜘蛛も私を警戒している気がする。恐る恐る、布団から床に降りた。

流石に素手で掴む勇気はまだないので、何かいいものはないかと、あたりを見回すと、ちょうど空になった綿棒のプラスチックケースが目に入った。これだ。

蓋を開け、ケースを床にいる蜘蛛にそっと被せる。蜘蛛は「あっ…」と、どこか諦めたように、少し縮こまった。
私は、もう片手に持っていた蓋をケースに添え、そのまま蜘蛛を促すように、ケースをスライドさせた。ケースの蓋をピチッと閉じ、静かに蜘蛛、捕獲。

ケースに閉じ込められた蜘蛛は、観念したかのように静かに縮こまっていた。いや、私がさっき体重をかけたときに弱ってしまったのかもしれない。ごめんね。

なんだか申し訳ない気持ちで、しばらく蜘蛛を見つめていた。でも一応は生きて捕獲できたわけだし、このまま殺したりしたくないなぁ。
なので私は、蜘蛛を外へと逃がそうと思った。

でもなんとなく、最近いつも見かけていた蜘蛛だったので、名残惜しい気分にもなって(なんで?)ちょっとだけケース越しに、蜘蛛と戯れてみた。

でもやっぱりちょっと気持ち悪いなと思ったので、私は窓をあけ、蜘蛛を外へと逃した。バイバイ、蜘蛛。

この蜘蛛は、もしかしたらこの家の中で生まれて、この家の中で育った蜘蛛なのかもしれない。その上ちょっと弱っている。だから自然界でこの先、生きていけるか心配な部分もあったが、新しい世界をみてこーい、的な気持ちで、蜘蛛と私はそれぞれの道へ進むことになった(強制)

この一連の出来事を終えて、私はまた布団に戻ったが、よくよく考えてみれば、胸元に蜘蛛が這っていた時点で「ぎゃっ」とも叫ばなかった私、成長したな。としみじみ思う。

ちょっとずつでも、人は成長している。

それを教えてくれた、蜘蛛。
元気でな。

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