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ガンダムユニコーンに見る世間と力と成熟の問題について − 続・世間とは何か

 以前も書いたように、「世間」とは、武装し、自分の要求を満たせないなら攻撃すると威しあう他人 集団と規定できる。

 力の相対的なバランスで「立場」が決まる。つまり、立場とは、力の 序列そのものである。立場には役割が付随され、役割を果たせないと、攻撃され、安冨の理論に従えば、そこには尊重されるべき生命はない。これが安冨の言う「立場主義」だ。
 力の序列はさまざまな要因で瞬間ごとに入れ替わっており、人はそれを直感的な肌感覚でつかんでいる。言語では遅くて追いつかない。肌感覚でしかつかめない、この感覚を 「空気」という。

 わたし達は、自分より強い誰かに立場と役割を負わされ、行動している。と同 時に、わたし達も世間を構成する一部なのだから、力を使って誰かに立場と役割を負わせ、行動させている。つまり、わたし達は力を持つ主権者だ。

 力には責任が伴う、という主題は、日本のサブカルチャーではあまり取り上げ られているものを見かけない。アメリカのカートゥーンを原作とする「スパイダーマン」や「マン・オブ・スティール」では繰り返し力の使い方とその責任が 主題になってきた。まさに、これから主権者となろうとする子供達を社会化する教養作品(ビルドゥングス・ロマン)としての面があった。

 一方、日本では力を持った人達は、それを自分の願望実現のために使い、そのことに伴う責任への葛藤は殆ど主題とならない。『デスノート』、『ハンターハンター』、『フェイト』しかり。

 そんな中、珍しく力を持つものの責任と、それをとることによる成熟をテーマにした作品をHuluで見た。「機動戦士ガンダムユニコーン」だ。

バナージ 「でも、テロはいけませんよ!どんな理由があっても、一方的に人の命を奪うのはよくない! そんな権利は 誰にもないんだ!」
アンジェロ 「では貴様はどうなのだ!」
バナージ 「ッ! うッ……ぐはッ……!」
アンジェロ 「武力のすべてが悪なら、ガンダムを使った貴様も同罪だ。貴様の せいで我々も貴重な兵を失った……」
バナージ 「おれの……せい……がはッ!」
アンジェロ 「たとえ流れ弾だろうが、貴様が撃ったことに変わりはない!」
フロンタル 「バナージ君にはまだそんな実感はない。無我夢中だったのだろう からな。セルジ少尉は不運だった」
バナージ 「おれが……人を殺した……?」
フロンタル 「ジンネマンを呼べ。君には、まだ学ぶべきことが沢山ある。我々のことを知ってほしい。その上 で、よき協力者になってくれれば嬉しく思う」
(episode2「赤い彗星」より)
バナージ 「言ってることは正しくても、ジオンがコロニー落としでたくさんの 人を殺した事実は変わらないんだ。殺された人たちには、正しいかどうかなんて 考える隙もなかった。なんにも知らずにある日いきなり……まともじゃないよ、そ んなの。そうだよ、まともじゃない……。仕方ないじゃないか、殺されるところ だったんだ。殺そうと思ったわけじゃない……! おれは……人殺しなんかじゃない!」
(episode2「赤い彗星」より)

 責任は、自由に伴って発生する。選択の自由があるから、それに応じた責任が 発生する。だから翻れば、誰かに威され、行為を強制される人には、責任はないということになる。少なくとも、本人はそう主張したいだろう。そして、その人の力の行使で被害を受けた側は、決してその主張を許さないだろう。

 子供には経験やネットワーク、知識などの資源が不足している。だから、ある威 されるような場面に出くわしたとき、取りうる選択肢は少ない。つまり、自由度が低い。だから、立場に伴う責任はない、と考えるのが未熟な子供の発想だ。

 それに対し、経験やネットワーク、知識などの資源を蓄積すると、ある威されるような場面でも、取り得る選択肢が増える。つまり、自由度が高くなる。だから、たとえ威されても、どうするか、判断する自由裁量の責任が生じる。これが成熟した大人の発想だというわけだ。

バナージ 「おれは軍人じゃないんだから、命令を聞く必要はないはずです」
ダグザ 「確かに義務はない。だが責任はある。君はもう、三度も戦闘状況に介入した。強力な武器を持ってだ。それで救われ た者もいれば……命を絶たれた者もいる」
バナージ 「…………」
ダグザ 「敵味方に関わりなく、君は既に大勢の人間の運命に介在しているん だ。その責任は取る必要がある」
バナージ 「どうやって……」
ダグザ 「やり遂げることだ」
バナージ 「死ぬまで戦えってことですか? それとも、この訳のわからない宝探 しに最後まで——」
ダグザ 「それは自分で考えろ。いまの君は、目の前の困難から逃げようとして いるだけだ」
バナージ 「だって、人が死ぬんですよ!? 人殺しをしなきゃいけない責任って 何です? おれにはそんな簡単に、割り切れません!……くッ」
オットー 「そう嫌うな。ああ言うしかないのが、彼らの立場だ」
コンロイ 「どうしたんです? 隊長」
ダグザ 「いや、自分に息子でもいれば、とうに味わっていた気分なのかと思っ てな」
(episode3「ラプラスの亡霊」より)

 無論、このような成熟は、子どもにはすぐに受け入れられるものではない。

ダグザ 「何だ」
バナージ 「いえ……。ダグザさんは、迷ったりすることってないんですか?」
ダグザ 「俺は連邦という巨大な装置の部品……歯車だ。与えられた役割を果たす だけだ」
バナージ 「おれは何一つ確信を持てない。敵と味方の区別だって……。そんな人 間に武器を手にする資格なんてないでしょう。二度とこいつには乗りたくなかった」
バナージ(心の声) (たとえあの人に失望されたとしても……)
ダグザ 「こう考えればいい。責任を取らなければならない相手が、君の傍らにはいる」
バナージ 「タクヤとミコットのことですか?」
ダグザ 「ルナツーに戻ったあと、あの二人の処遇は我々の報告次第ということ になる。それを左右するのが、君の行動というわけだ」
バナージ 「また人質ですか……」
ダグザ 「捉え方は自由だ。君は彼らの運命を変えられる立場にある。その意味 では、君はいま、正しい選択をしている」
バナージ 「…………」
(episode3「ラプラスの亡霊」より)

 主人公である「こども」バナージは、こういう大人と接することで、学んでいく、そんなビルドゥングスロマンの物語としてユニコーンは設計されているように見える。

 なるほど確かに、力による強制を受けながらも、人は自由であることはできる。そして、その行為に責任をとることもできる。それを大人になる、成熟するということであるとするならば、そうだろう。

 ただ、そうなると、子どもの立場としては「それってただの貧乏くじじゃないのか」と疑いたくなるかもしれない。誰もが子どもで有り続け、脅されて自由を奪われた被害者であるという態度を取り続けることが許されるなら、それが一番有利だ。そして、下手におとなになって責任をとろうとする人にフリーライドすることで、自分はいつまでも免罪される存在でいられる。これは損得の問題なので、いくら社会倫理を延べたところで説得力はない。

 社会倫理ではなく損得の議論であるとすると、「自由であることは、得なのか?」と言う話になる。だって、別に威しから自由になれるわけではないし、その上で責任まで取らな きゃならないなんて、貧乏くじもいいところだ。だったら、大人になるなんて損なだけで、未成熟な子供のまま、言い訳し続けるって人生もアリってことになる。

 理屈ではそう。しかし、体は正直だ。例えばこんな記事がある。

 記事によれば、わたし達の健康を害するのは、ストレスの量というより、自分の裁量で自由にできる範囲が狭いということのようだ。研究者たちはこのことを、ストレスの 「仕事要求度−コントロール(裁量度)」モデルと呼んでいるらしい。

 このモデルは、慢性的ストレスのもたらす悪影響には、その職種に要求される 事柄だけでなく、要求に対応するにあたって、どの程度まで本人の思い通りにで きるかということも関係しているとして、それらの関連性を示した。その結果わ かっているのは、ある仕事に対して、裁量度合いが高ければ高いほどストレスが 小さく、健康的なのだ。

 わたし達は、武装した他人の集団である世間から脅されて、立場と役割を押し付けられる。そして自分自身も、より弱い立場の人間を脅し、要求する世間の一部としてある。世間の武装を解除することができれば、私たちはもっとのびのびと生きられるようになるかもしれないが、それは当面先の話だ。

 立場によって脅され、理不尽な要求を受けていると言う意味では、バナージもダグザさんも実は変わらない。しかし、そこでその役割をこなすに当たっての自由裁量の度合いは、その人物の持つ知識、能力、ネットワークによって大いに異なる。認知の仕方の問題といえばそれまでなんだけど、でもずいぶん違う。自由と責任は、実は健康に良いのだ。だからこそ私たちは日々知識を得て、経験し、人と会い、練習し、少しでも自由であれるよう学び続ける。娑婆という修羅界で、少しでも健やかに生きられるように。

 自由と責任を全うした時、我々は ダグザさんのように笑顔で散れるのかもしれない。

 ちなみに、ユニコーンの作中のセリフは、「ユニコーン全台詞集」から引用した。


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