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君の絵が嫌いだと言われたその先に

サークルに苦手な先輩がいた。
いつもその人の前に立つといろいろなことを見透かされているみたいで、ちょっと怖かった。

飲み会で、その先輩から
「俺は、桃子ちゃんの絵が嫌いだ」
と言われた。
食べ物の味がよくわからなくなるくらい、ショックだった。そのあとどんな話をしたのかまったく覚えていない。


サークルでは、私は、勧誘のビラのイラストを描いたり、文化祭や演奏会のポスターを描いたりしていた。所属していたサークルでは、絵を描く人が少なかったから、みんな私のイラストをかわいいねといって重宝してくれていた。

それなのに。
私の絵を嫌いだと面と向かって言ってくるひとがいるなんて。

それまで、私の絵を好きだと言ってくれる人はいても、嫌いだと言ってくる人はいなかった。
自分でも驚くほど動揺していた。


後日、その先輩から、帰るときに引き止められて、こないだはごめんと謝られた。

その人が私の絵を嫌いだと言った真意は、私が過去に描いた絵をSNSであげているのを見て、私がいつもサークルのために描いているようなイラストは、本気を出していない絵だと感じたということだった。ただかわいらしいだけのイラストなんか描くのはやめて、もっと本気で絵を描いた方がいいと言われた。

私はそう言われても、簡単に描いたように見えるイラストだって毎回心を込めて描いていたし、何枚も何枚も描き直した末に完成させたものだったから、素直にその人の意見を聞くことができなかった。

なんでそんなことをお前に言われなければいけないんだよ、と心の中で思っていた。

その後、私はその先輩とはかなり距離を置き、ほとんど話すこともなかった。


でも、ときどきあの先輩に言われたことを思い出す。

そして、今は、あの先輩は、私を傷つけようとしたのではなくて、背中を押そうとしてくれたのかもしれないと思う。

私は、あの頃、本気で絵を描くことが怖かった。
今だって怖い。

私の家には白いキャンバスがいくつもある。
だけど、描こうとしてキャンバスの前に立っても、何を描いてよいのかわからない。

イラストだって立派な絵だ。
でも、本当は、キャンバスに向かって本気で絵を描きたいと思う気持ちもある。


あの先輩は、そんな私の心を見透かしていたのだろうか。



今まで、気づかないふりをしていた感情だけど、そろそろ向き合おうと思う。


だから、ここに宣言することに決めた。
いつだって逃げてばかりだったから。これ以上逃げてしまわないように。


私は、来年の春までに、一枚の絵を完成させる。






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