野に、咲く。6


母は家事が下手である。掃除はまだマシだが洗濯は漂白剤と洗剤を間違えて何度も白い服をピンク色に
染められたことがある。 干した後も靴下などはいつも片方なくなっていた。
中でも一番下手なのが料理・・ どうすればこんなにも不味く見た目も悪く作れるのか不思議で、食べる前に嘔吐したこともあり、母の料理は苦手を通り越し恐怖だった。  僕が母と一緒に暮らすようになったのは小学三年生の頃からで心配していたのが、料理だった。 この母からまともな料理を食べたことがない。例えばカレー、野菜と肉を炒めて煮込み、市販のルーを入れて混ぜれば誰だってそれなりに美味しく作れる料理の一つ。 母はこのカレーにとんでもないことをする。
「隠し味にバナナとりんご入れてみたぁ」 よくあるコクを出すために使う食材ですね、ほのかな甘味が深みを出し
より美味しいカレールーになりますが、この母はバナナやリンゴをすりおろさず、まるでじゃがいもや、にんじんのように
ゴロゴロとした形状で、入れており口の中で咀嚼した甘いバナナとりんごがルーと混ざり合う瞬間はまさに不快でまずい。
数え上げたらキリがないが、今回紹介したいのは母に作ってもらったカキ氷の話をしたい。
僕は五歳くらいの頃、アイスクリームはおろかカキ氷を食べたことがなく、どういう食べ物なのか不思議だった。
真夏の昼下がり珍しく僕は寺ではなく家に母と姉と三人でいた。 「キョンちゃんちでカキ氷に機械見た!うちでもカキ氷作りたい!」姉は友達の家で当時大流行の家庭用カキ氷機をみてその話ばかり。母は可愛い娘のために何とかしようと思ったのだろう、とんでもないことを始めた。
まずは眉間にシワを寄せ、冷蔵庫の中から氷を取り出す、今ではバラバラになった氷がスコップ状のものですくって取るが
当時のうちの冷蔵庫は製氷器で凍った氷をねじってばらし使用する。その氷をタオルで包み母は外へ出た。
ここでぼくは衝撃的な光景を見る。

母はタオルに包んだ氷を石垣に叩きつけた、何度も何度も叩きつけた。

蝉の鳴き声とタオルに包まれた氷が砕ける音が
鳴り響く中、姉と二人呆然と立ちすくむ。
母は平然と砕けた氷を器に盛り砂糖をまぶし、姉と僕に出した。

沈黙の後、ゴリゴリと咀嚼しながら生まれて初めて食べるカキ氷は今も忘れられない。

つづく

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