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時のしずく

するすると落ちていく気持ちを止められない。
さめざめと泣きたいのに、泣けない。

なぜなのかわからない。
自分が何を感じているのかわからない。
ただ、感覚が、無防備に開いているのがわかる。
こうなると手がつけられなくなるのはわかっている。

記憶の底から浮かび上がる、カタンカタンという鉄でできた鯛焼き器をひっくり返す音。強い夏の日差しが嘘のような薄暗い店内。耳の上まで切り詰めた、茶色い短髪の奥さん。年月を経て深みを増したアンティークのテーブルと椅子。古い映画館から運ばれてきた臙脂色のビロードの三連シートのソファ。中央のテーブルに活けられた、豪快で静かなドライフラワーと大ぶりの枝枝。木製の額に収められた葛飾北斎の浮世絵たち。乾いたほおずきに豆電球を忍ばせた灯り。

一もう、出会うことのないもの。
一もう、身を置くことのない場所。

席に着くと奥さんが分厚いメニュウを運んでくる。少年のようにキラキラした瞳。玉露、天竜、奥八女、嬉野。ご主人の独特な言い回しの解説文がびっちりと添えられた日本茶の銘柄が並ぶ。来るたびにひとつずつ試す。忘れて時々、同じものを頼む。菓子については、主となる小豆やもち米はもちろんのこと、砂糖や塩、寒天に至るまで、生産した人のことと、その貴重さに敬意を表した文章が並ぶ。読み物として楽しみながら、旬の菓子を選ぶ。

一もう、味わうことのないもの。
一もう、かぐことのない香り。

一歩踏み入れるだけで、すうと頭が静まるのがわかる。しゅんしゅんと奥で大きな鉄瓶で湯を沸かす音が聴こえる。呼吸が速さを落とす。力んで浮ついていた身体の各部位が本来の場所に収まっていく。

年季の入った小ぶりの漆の盆が運ばれてくる。主人は姿を見せず、鯛焼き器を返す音が繰り返される。大きめの卵の殻を半分にしたような、形も色もほのかにいびつな白い茶碗。蓋がこれ以上なく完璧に収まる華奢な急須。生涯を通じて藍染の生地しか纏わないという、ラオスのレンテン族が縫い上げた刺繍のコースター。細かなざらつきと色むらのある平皿。粉雪をはたいたようなつぶらないちご大福。鎮座するすらりとした小さなフォーク。

ーもう、見つめることのないもの。
ーもう、触れることのないもの。

奥さんが全身を使って最後のひとしずくまで注ぎきった、冴えた緑の一煎目が、蜜のように口に流れ込む。いま、唇にのどこに触れ、舌のどの部分に乗ったのかが逐一にわかる。とろみがあるようにすら錯覚する。芳醇な香りが鼻腔を満たす。舌に乗り、喉をすべって、胃に落ちていく。かすかなざらつきが歯の裏に残る。

茶に酔う、という言い方が中国であるらしい。
よくわかる。

全身に張り巡らされた管という管が少しずつ膨張する。身体の中心が広がり息がしやすくなる。噛み締めていた奥歯が緩む。半分無意識の中でゆっくりと首をめぐらす。

あの感受性の高ぶりは、一体何だったのだろう。
なぜ、あんなにも、私自身を預けていられたのだろう。
一体何に、あんなにも、安心しきっていたのだろう。

ーもう過ごすことのない時間。
ーもう聴くことのない音。

夫婦は美しいが厳しい人たちであった。行く度に若いアルバイトが入れ替わっていた。なぜか皆、男も女も耳の上まで髪を切り詰めていた。そのうち夫婦だけで切り盛りするようになった。さらに年月が経ち、夫婦の髪に白いものが混じり始めた。店内の喫茶は閉鎖し和菓子の販売だけになった。

ーもう、浸ることのない場所。
ーもう、流れ込むことのない空気。

夫婦はその店をたたみ、半年経ってから一本奥まった通りに新たに構えた。小さなガラスケースの奥に工房が続く、簡潔な店となった。和菓子を買い求める客が途絶えることはなかった。ただし、たっぷりの鉄瓶でぐらぐら沸かした柔らかなお湯で淹れる芳醇な茶を飲む場所は消えた。


私は今、駅ビルの中のある和風カフェでこれを書いている。印刷されたメニューには玉露、天竜、奥八女、嬉野のシンプルな文字と、甘みと渋みの度合いを示すグラフが並ぶ。作務衣風の制服に身を包んだ女性が、すこし慌ただしく盆を運ぶ。つるりとした手触りの、店のロゴの入った白い茶碗。生クリームのたっぷりかかった抹茶ゼリー。モニターに映し出された京都の映像。イヤホンで音楽を聴きながらPCを叩くサラリーマン。客が出て行った後も皿がしばらく放置されたままのテーブル。

思わず目を閉じる。

ひとつひとつが、あの茶屋を思い起こさせ、そして全くの同時に、ひとつひとつが、その不足を見せつける。仕事の企画案をまとめるために入ったカフェなのに、気づけば感覚がどうしようもなく過去の記憶に引っ張られる。

あそこでは、いつでも神経が緩んで流れ出していた。
本来の自分に戻る喜びを静かに何度も、一人で噛み締めていた。
幸せだった。
とても好きな人がいた。
とても若かった。
自分は何にでもなれると、無限の可能性を無邪気に信じていた。

ふとピアノのジャズが流れ込む。雨の日に合う曲。
胸椎の奥がもう一度ほどけて開きだす。湯に浸された茶葉のように。
時を経た牛革のように、セピア色に染み付いたあの空気が、肌からほどけだす。

ここに、ある。
ここに、いる。

物哀しさは去らない。
だけど、気道が開く。
眉間が、頬が、喉が、緩んでいく。
骨盤周りと腹の奥底から、何かがじわりと湧き戻ってくる。
私を静かに満たす。


ふたたび、ゆっくりと目を開く。