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おにぎりが似合う男の子。

3年ほど前だったか、勤務している店に
新しいアルバイトの男の子が入った。

入社日は、私は休みだったから
後からその子の噂を聞いた。
高校を卒業してからは、フリーターで
公務員を目指して、勉強しているらしい。
居酒屋と掛け持ちのアルバイトをして。

皆の第一印象によると
「おにぎりが似合う男の子。」

おにぎりが似合うって…笑
いったいどんな子なんだろうと
思っていたら、
本当におにぎりが似合っていて笑えた。

まだ若いのに、坊主頭で
裸の大将みたいな風貌なのだ。

居酒屋でアルバイトしているだけあって、
愛想も調子もいい子だった。
結果憎めない子なので、
最後は許してしまうのだが、
彼は時間の流れというか、使い方が
ちょっとルーズだった。
遅刻魔で、しょっちゅう遅刻をしては、
夕方の責任者を困らせていた。

当時の店長も、そんな彼の勤務態度に呆れて
注意しつつもあまりシフトに入れないでいた。

私は彼とは入れ替わりで帰るので、遅刻の度に、
代わりに残ったり、その礼を言われたりで、ちょこちょこ話はしていた。

自分の息子とそんなに変わらない年。
我が子が働くイメージがまだ持てなかった当時の私は、遅刻はいけない事だけれど、

人と話すのが好きで、人見知りしないその子
の、パートタイムジョブとしては、致命的とも思える時間にルーズだという短所。

でもそれを上回るめげない性格と、
憎めないその後の頑張りに、
ちょっと甘いかもしれないけれど、
期待していた。

たまにしか来ないのに、
来る度にのどを痛めてガラガラ声。
レジでは、声をなかなか出せない若者が多い中、
はきはきと大きな声を出していた。
声を出すとのどが乾くから、お茶などの水分を摂ってもいいことにしているのに、
飲み物も持たずに働いている。

風邪もよくひく。
飴をあげたり、お茶をあげたり、
手のかかる子だった。

そんな時、未だ続いている
この流行り病が始まった。

店頭からマスクが消えて、
毎朝、開店前から長蛇の列。

マスクの入荷がなく、次の入荷の予定もわからない。謝ってばかりの日々。

緊急事態宣言で、保育園に子供を預けて働いていたママ達が、出勤出来なくなった。

ステイホームが叫ばれるなか、いつも以上に
来客数は増え、クレームも増え、
働く人間が減った。

見切りをつけて辞めていった者もいた。

そんな時、働けますと声をあげてくれたのが、
大学生やフリーターの若者達だった。

飲食店で掛け持ちをしていた子などは、休業などで、そちらでは働けなくなったのだ。

親御さんなどは心配していないのだろうかと
尋ねたが、皆、大丈夫との事だった。

その中に、彼もいた。

主に夕方勤務だった彼が、この頃から朝から働くようになった。

遅刻ぐせはなかなか抜けず、
時間になっても来ない彼の携帯電話を
何度鳴らしたことか。

ある日、朝から店に、地域の店舗をまとめて
指揮している、SV(スーパーバイザー)が、
来ていた。

運悪く、その日も彼は遅刻した。
出勤予定時間に来ない事で、
朝から電話をかけなければならない。
ワークスケジュールも変更しなければならない。

店の前にはマスクを求めるお客様が、寒い中、苛立ちながら列を作っている。

バタバタと慌しく開店に間に合うように
走り回っていると、
様子に気付いたSVが一言。

「遅れて来ても、働かさなくていい、帰せ。
そんな奴は要らない。」

「彼はやれば出来る子なんです」

思わず庇った。
遅れて来れば、私も叱っていたけれど
その時は、庇った。

やる時はやる子だと知っていたから。

その日は、勤務出来ずに家に帰されたけれど、
次には、心を入れ替えて、頑張ってくる。

数年後の今。彼はまだ店にいる。

途中に、目指していた公務員の試験を何度か受けてきたが、一次試験に受かることはあっても
なかなか上手くいかない。

どうせ働くのなら、と登録販売者の資格試験を受ける事を薦めてみた。
資格が取れれば、時給も上がる。
公務員試験の勉強と並行して、勉強していた彼は、今年も公務員試験には落ちたが、

昨年、数点足りなくて落ちたものの、
今年、登録販売者の試験には合格した。

あんなに手のかかった
おにぎりの似合う少年は
今ではほとんど遅刻もしなくなり、

しゃべってばかりで仕事が遅れ、
叱られてばかりいたのに、
今では他店の人手が足りない時には
進んで応援に行き、感謝されている。

成人式の日には、スーツ姿を見せに来てくれ
休みの日でもしょっちゅう店に顔を出す。
人が好きなんだな。
失敗しても、叱られても
次の時には楽しそうだ。

先日、本部から備品が届いた。

真っ白な制服。白衣。

誇らしげに、恥ずかし気に微笑む彼が
初めて袖を通した白衣。

もうそこには、
おにぎりの似合う男の子はいない。

立派に成長した
1人の青年が立っている。

今、彼は社員を目指し、店長に鍛えられている。

まだ見慣れない、その白衣が眩しい。








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