見出し画像

母の余命宣告

4月30日

もう、心の準備はできていたのかもしれない。
以前の私だったら取り乱して、物に当たったかもしれないし、どうしようもないけど父親のせいにして恨み言のひとつでも吐いていたかもしれない。
今は思ったより落ち着いて現状を受け入れている。

今日、骨シンチとCTの結果、母は余命半年ほどと告げられた。
肝臓や骨に転移した癌細胞はもう手の施しようがないらしい。

来年はもう・・と言うか、今年の暮れに母はもう居ないかも知れない。
本人の声は意外と元気そうだった。「大丈夫」と母は言う。何の大丈夫なのだろうか。大丈夫って、大丈夫じゃない時に限って口をつく言葉な気がする。

でも不思議なことにこの日涙は出なかった。
10年以上前、初めて母が癌で入院した時、ありえない父親の対応や、これまでの経緯を振り返って、身体が引き裂かれるくらいの思いをした。あの時を乗り越えた経験がクッションになって私を支えているのかもしれない。
今、母は元気で、毎日働いているし、どこか現実とリンクしないせいもある。

残りの人生で・・私が母にできること、母がしたいこと、まだ動けるうちに、色々考えて行きたいと思う。

5月3日

「落ち着いたらいつか」とか言ってる時間すらないことに気づき、母を連れて伊豆に行くことにした。元々興味のあった施設。
お金のことばかり気にするので、交通費も滞在費も、全部要らないよって言うとちょっと泣いていた。従業員さんたちも快く行ってきてと背中を押してくれたらしい。
二人で旅行に行くのは生まれて初めてだ。
朝も昼も夜も、定休日もなく、仕事ばかりしていた母。しかも自分の意思とは違って別に好きな仕事でもなかったから、いつも父に支配されるこんな人生嫌だと言っていた母。それを知っていながら結局田舎を捨ててきた自分を責めてしまいそうになる。

そういえば実家の住宅ローンが今年の9月で払い終わる。
コロナ禍でお店の経営の存続のため借り入れた分を入れるとまだ返済は続くけど、住宅ローンを返済し切る親を見ると、すごいと思うと同時に、その頃に母の体調はどうなってるんだろうと、複雑な気持ちになる。

焦って飛行機のチケットの日にちをミスってキャンセルが効かず16000円も無駄に支払うことになって半日凹んだけど、もう2度とない旅行かもと思うと、お金なんてどうにでもなれとも思った。

5月13日

誕生日の前日に、母が手作りの料理を送ってくれた。
年によって違うけど、今年は去年と同じ筍の味噌汁だった。筍とキノコと豚肉が入っていて、味噌と酒粕で味付けされている郷土料理みたいなものだと思う。私はこの味が大好きなんだけど、そういえば自分で作ったことは無かった。来年は食べれないかもしれない。母と同じ味が作れるだろうか。

18で家を出てから、年に何度かは会っているけど、一緒に同じ空間で同じ時間を過ごすことと、時々会うのは全然意味が違う気がする。

母以外、私の誕生日に何かを贈ってくれる人はいない。これまで当たり前で、意識したことは無かったけど、この習慣がなくなることが怖い。どうやって歳を重ねていけばいいのか。

5月16日

母が伊豆に何を着て行ったら良いか分からないと言う。
3泊ほど同じ施設に滞在するが、こう言う経験が初めてだから、どうすれば良いのか分からないとのこと。

正直私も服のコーディネートって苦手なんだけど、そんな母の気持ちがわからなくもないので、気がついたら近所のデパートでパジャマの上下からちょっとしたお出かけに行くセットアップ、それから部屋着やお散歩用の服などを次々と大人買いしていた。
自分のためだとなかなか腰が上がらないのに、こう言う時だけはなぜか行動が早いと思う。誰かから何か物をもらいたいとか、何かしてもらいたいと思うことはほとんど無いのに、人に何かをあげることに関してはいくらしてもし足りない気がする。
しかしお金は有限、もうすっからかんだ。

5月20日

余命宣告を受けてから1ヶ月近くが経った。
一方的な考えが頭をめぐる。
夜眠れない日が増えた。
皆が寝静まった部屋でベッドに入ると、涙が勝手に流れて来るようになった。
仕事が全く手につかなくなった。勤怠を切るだけ切って何もしてない。
食欲も湧かない。
多分、自分の余命を宣告されるよりつらい。

余命宣告を受けてそれより長く生きる人がたくさんいることは知っている。しかし祖父はその反対で、あと3ヶ月と言われ、3週間で亡くなった。
ネガティブな思考が夜はどうしても止められない。

加えて、飼っている猫にも病気が見つかった。こちらもおそらくリンパ腫とのこと。揃いも揃って周りが癌だらけだ。

こういう時、どうしてたっけ。
なんか「今つらいんだ」って、誰かに話してただ同調してもらったり、そういうの、大人になると相手してくれる人もいないし、自分からなかなか言えなくなるんだな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?