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「することができる」という力の思想の呪縛を離れていくことが必要なのです──加藤典洋『人類が永遠に続くのではないとしたら』

地球(資源)の有限性はしばしば言われています。希少性とその配分とまで広げて言えば、それは経済学のテーマです。けれどこの希少性の配分ということはその実、有限性の認識とは大きく異なっているものだと思います。ここには経済行為によって持続性(永遠性)が前提とされてるからです。功利性・有用性・有効性、それは持続的な行為を生み出し、ひいては成長ということにつながっていくのです。

「技術革新とは、産業社会の無限性信仰の中核に位置し、無限性の淵源をなすと考えていた。そのことはまちがっていないのだが、無限性がそれじたいとして有限性の方向に向かうこと、向かいうることを、想定していなかった」
「無限性信仰」、それが終焉を迎えたのが現在なのではないか、加藤さんはそう言っていると思います。その現れが福島原発事故でした。福島原発では事故後、法で定められた原子力保険、それは原発の事故を対象にしたものですが、その更新を見合わせる決定がされました。
この事故のリスクは誰も負えないということはどういう意味を持つものでしょうか。保険会社が「原発のリスクを請け負うことを拒否する」ということの持つ意味は、単に税金で補償するということだけではありません。
それは他方では技術革新による有限性の乗り越え、永遠性の獲得ということの限界が現れたということなのだと思います。産業社会(資本主義)の未来に大きな壁が現れたということでもあります。

加藤さんはここの考察から新たな倫理とでも言うべきものを求めて思索を続けていきます。たぶん、私たちはどこかで楽天的だったのでしょう。さまざまな困難があっても技術革新でそれを乗り越えて進んでいけると……。自然の限界は人類の技術革新で乗り越えていけるものだと。けれど今必要なのは人類の有限性への徹底した自覚と認識、そしてそこからの歩みはどうあるべきかということなのです。

加藤さんは先人たちの知恵・叡智を検討しながら着実に歩みを進めていきます。ウルリッヒ・ベック、バタイユ、見田宗介、ヘーゲル、マルクス、吉本隆明、ルーマン、フーコー、アガンベン、ローティなどとその先人たちの、時には彼らの意図を超えて突き詰めているようにすら思えるほどの思考の徹底性があります。そして幾度も問い直します、「有限性とは何か?」「無限性とは何か?」と……。

そして見つけた一つのあり方、
「私たちは技術革新の達成に刺激され、考え方を変え、感覚を拡張し、新しい欲望のあり方にふれ、価値観を更新する。そしてそこからまた,技術、産業、社会に働きかけ、作用を及ぼす」
「そこでは有限性と無限性は対立していない」
と……。これは「人間を変える」ということにつながります。
そしてその「カギは偶然性(コンティンジェンシー、偶有性)という概念である」というところにいたります。
加藤さんはこの概念を拡張し、「することもしないこともできる」ものとしてとらえ返しこう記しています。
「この「することもしないこともできる」力を、自由から力能までの幅で一つの概念として受け取り直すと、これまで見てきた近代の成長の思想が、一方向にそうなることをめざす、「することができる」力の思想であることがみえてくる。またこの「することもしないこともできる」双方向性の力が、脱成長の思想に重なるものとみえてくる」

ここには新しい自由のあり方(=存在)があるように思います。
そして「新たな関係の創出のためには、リスクが冒されなければならない」「社会のリスクを克服し、新たな関係を作りだすために、最初の一歩を踏み出すという、また別のリスクが必要なのだ。(略)そのリスクの別の名前は、贈与である。ふつうそのような一方的で絶望的な、リスクそのものであるような交換のもちかけは、贈与とよばれているからだ」と……。

この本は加藤さんの思考の歩みを記録しているものだと思います。であるならば、加藤さんの提示した課題を私たち自らが考え続けなければならないということが読んだ者の課題になるのではないでしょうか。これは抽象的な問題ではありません。事実から出発した加藤さんの思考は、再び現実へと向けられます。それは最後近くにおかれた一文からもわかると思います。
「日本の戦後の問題も、この有限性の生の条件のもとで、考え直されなくてはならないだろうと私は考えている。アジアとの関係では、何度でも、相手が了解するまで、なすべき謝罪をしっかりと行い、関係を築き直すことが重要である。アメリカとの関係では、原子爆弾の投下が最後の問題となるが、抗議すべきはしっかりと抗議し、関係を再構築したうえで、さらに、赦すべきはしっかりと赦し、その関係を先に進めることが必要となる」

書誌:
書 名 人類が永遠に続くのではないとしたら
著 者 加藤典洋
出版社 新潮社
初 版 2014年6月27日
レビュアー近況:昨日は『エヴァンゲリオン』の使徒が第三新東京市に襲来した日とのこと。バカボンパパの「41歳の春」をとうに越えた野中に、益々年月の流れを感じさせました。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.06.23
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3668

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