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大きく問われる〝顕著な普遍的価値〟というもの──木曽功『世界遺産ビジネス』

「人類共通の遺産の保護・保全」という理念から始まった世界遺産も年月を経るに連れて、観光産業の振興と相まって、大きなビジネスとなっています。

この本はユネスコ大使を歴任した木曽さんが今の世界遺産(登録)にどのような問題があるのかを体験をもとに解き明かしたものです。

すぐに気がつくのは自然遺産はともあれ、文化遺産が大きくヨーロッパにかたよっていることです。木曽さんのいう〝ユーロセントリズム〟=ヨーロッパ中心主義がそこに見てとれます。なぜそのようなことが起きたのでしようか。ひとつには
「90年代までは推薦する数に制限がなく、ひとつの国が同じ年に何件でも推薦することができました。たとえば、スペインは1984年、1985年にそれぞれ5件1986年に4件と、わずか3年間で14件も登録」できたそうです。現在はひとつの国が推薦できるのは、文化遺産、自然遺産それぞれについて1年に1件です。

それだけではありません。文化遺産の登録に大きな影響を与えているイコモスのメンバーが「ヨーロッパを中心とした欧米文化圏のメンバーが非常に多い」ということにあります。
「世界遺産になれるかどうかの最大の評価ポイントは、OUVと略して言っている、「顕著な普遍的価値(アウトスタンディング・ユニバーサル・バリュー)です」が木曽さんのいうように「何をもって「すごい」、何をもって「世界的な価値」と言うのでしょうか」という疑問はぬぐえません。

文化の違いが大きくあらわれた日本のふたつの例を出しています。
ひとつは『平泉─仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群』です。日本人には〝浄土思想〟というものがどのようなものなのかなんとなくということまで含めれば知っている人が多いと思います。けれど仏教は同じ宗教と言っても一神教、多神教の宗教とは大きく異なります。
「しかも、浄土思想というのは仏教の中でも特別に進化したものです。浄土とは仏の住むところ、清らかな地のことですが、それが何なのか彼らにはほとんど理解できないのではないでしょうか」
およそ文化的背景を共通していないものに〝価値〟の公正さをもとめるのは困難なことに違いありません。実際『平泉』は1度は「登録延期」となり、その遺産をめぐる〝ストーリー〟を構成しなおして登録することができたのです。イコモスのメンバーに理解でき、納得できるものが必要なのです。

もう一つは『法隆寺』です。こちらでは木の文化への理解がありませんでした。つまり「何百年か経って何回も大修理を行ってくると、かなりの部分が補修されて元の部材が少なくなってしまいます。それを、オーセンティックと言ってよいのかどうか、イコモスが問題にしたのです」。

ここにも文化の差があります。「ヨーロッパは石の文化です。世界遺産に登録されているのは、建造当時の形のまま残っている石でできた建造物ばかりです。石は腐らないし痛まない」という文化背景では木造建築の持っている意味とでもいったものになかなか想像力が働かないのでしょう。

世界遺産が保護・保全を目的としている背景には、どこか不朽の建造物が前提にされていたようにも感じられます。世界遺産がエジプトの古代遺跡を開発による水没から救うということからもそれはあったのかも知れません。
また形があるものに登録が向きがちだったのも確かです。その意味では木曽さんの言うとおり「無形文化遺産」は世界遺産に新たな次元を加えたものなのです。「無形文化遺産には。イコモスのようなユネスコから独立した諮問機関の審査」はないのです。ユネスコの無形文化遺産の委員会の中にある専門家のパネル(機関)で審査する方法をとっています。
「無形文化遺産を創設する時の基本精神が、「文化的な価値に上下はない」というものだった」ため「採点」は行われず、「書類審査のみ」で行われているのです。もちろんその提案書類に説得力ある「「すごい」と思えるストーリー(物語)を言葉尽くして語るしか」ないのです。

ここでも〝ストーリー〟の意味が重要性を帯びています。有形のものもその対象が世界にもたらす〝ストーリー〟が重要でした。文化は〝ストーリー〟によって語り継がれるのかも知れません。では日本はどのような文化=〝ストーリー〟の上にあり、今どうなっているのか、それらを知ることは自分たちの歴史を振り返ってくることにもつながるのではないでしょうか。

観光産業として世界遺産が注目されてからの登録にいたるまでのロビー活動も詳細に描かれています。遺産がそのまま経済効果に還元され、その獲得に向かって動くさまは政治活動そのままです。他の対象とのバーターやネゴシエイションは、そうだろうなあとは思うものの当初のユネスコの理念とは乖離しているのではないかとも思います。

また、世界遺産に登録されたものの、開発のため登録が取り消された例(ドイツです)も紹介されていますが、この「保護か開発かという問題は、世界遺産登録後も常につきまとう」ものなのです。文化、自然、遺産(遺跡)、経済、外交=政治、さまざまなものが入り組んでいる世界遺産、その意味と位置づけを考えさせるものです。遺産の中に住んでいる人もいますし、無形文化も登録によって観光産業化し変容することもありえるのではないかとも思ってしまいました。もちろん政治もまた入り込んでくるものなのだと思います。

書誌:
書 名 世界遺産ビジネス
著 者 木曽功
出版社 小学館
初 版 2015年8月5日
レビュアー近況:朝からCSで30年前の日本テレビ・木曜スペシャル「独占企画! 石原軍団 IN ハワイ」をやってて、食い入るように観ました。青い海と空と椰子の木を背に歌い上げられる「泣かないで」(舘ひろし)、「くちなしの花」(渡哲也)、「ブランデーグラス」(石原裕次郎)の軍団唱歌、あまりのミスマッチに二度寝を催しました。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.20
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4307

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