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自分だけのお守りにしたくなる言葉のかずかず──吉本ばなな『おとなになるってどんなこと? 』

「大人になんかならなくっていい、ただ自分になってくだい」

この思いを使えるために吉本さんはたくさんの、けれどもむずかしい言葉を使わずに綴られたものです。中高校生向けに書かれたものですが、
「気持ちがぶれてしまったときや自分でも自分が信じられないほどに落ち込んでしまったとき、この本を手にとりしばらく読み返せばいつのまにか自分の内面が調律できる、もとの軸に戻れる。そういうお守りみたいな本が作りたかったです」
この〝お守り〟のキーワードは「生きることには意味がある」ということと「自立」ということではないかと思います。

生きることの意味? と疑問を持った人に吉本さんは「死んだらほんとうになにもかもなくなってしまうからです。実感が無なのです」と断言します。
「実感が無」ってどういうことでしょう。なにも感じないということです、おいしいと感じたり、笑ったり泣いたりできなくなることです。それでも生きる意味をつかみかねる人にはこう言います。、

「無になってしまいたい人がたくさんいるでしょうけれど、やりきらずに無になって後悔しない人もいないでしょう」
さらに続けて「では、なにをするために人は生まれてきたかというと、私は、それぞれが自分を極めるためだと思っています」と……。
それは「充分に生きる」ということであり、「自立」というものがあらわれてくるところだと思います。

「普通にふるまっていたからといって、なにかからすくわれることなんて一切ないと思います」
「私はその人の全ては見た目に表れると思っています(もちろん、見る方がしっかりと見ることができる能力を持っていた場合ですが)」
こういう言葉こそが強い言葉というのではないでしょうか。それを吉本さんがどのようにつかんだのかもこの本のいたるところにちりばめてあります。宝探しのように吉本さんの経験とそこでつかんだ思いというものを求め、探すのもこの本の読み方の一つなのだと思います。

家族、教育、友情、死、努力といったものについて綴る吉本さんのしなやかな言葉の奥を感じるのもこの本の接し方の一つではないでしょうか。
違った時に、違った場所で読んだらまたさまざまな思いを私たちにもたらせてくれると思います。
〝お守り〟は神社にお返しするのがしきたりですが、この本はどこにも、誰にも返さなくていい自分だけの〝お守り〟になっていると思います。吉本さんの願い通りに……。しかも〝お守り〟は中をのぞくものではありませんが、この本は何度のぞいてみてもいいものだと思います。

自立に触れたこのような言葉が最後のほうに置かれています。
「私が考える自立は、親や兄弟姉妹に、なにも言わないで問題を解決したことがあるかどうかだと思います」

そしてこれが、その人自身の生が始まる時でもあるのでしょう。

書誌:
書 名 おとなになるってどんなこと?
著 者 吉本ばなな
出版社 筑摩書房
初 版 2015年7月10日
レビュアー近況:昨晩は野中が装丁など担当させて戴いた書籍の出版パーティーへ。会場ホールの名前が仕事場近くのホテルの名前と同じで、行き間違えて遅刻。大層お偉い人ばかりの席、大変申し訳ございませんでした。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.30
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4339

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