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このような良識こそが必要なことであり、その良識に上に立って日本を、世界を考える必要があるのではないでしょうか──池上彰『池上彰の「経済学」講義 歴史編』

愛知学院大学の講義をまとめたもので、テレビでも放送された池上さんの戦後(日本)経済史です。分かりやすさでいえば当代きっての第一人者ですからその語り口のうまさは水際立っています。けれど、忘れてはならないのが池上さんの持っている良識=常識力であり批判力、とでもいうものの強さではないでしょうか。

分かりやすいということは、もちろん〝簡単〟ということとは違います。池上さんの話体には、聞いているほうに分かりたくなるという気持を起こさせているものがあるように思えます。
その一つにエピソードの選び方があります。たとえば来日したロバート・ケネディの挿話が紹介されています。大学での講演の後学生の質疑があり、ある学生が「あなたのエネルギッシュなパワーの下は何ですか」と訊ねたところ「それはアイスクリームです」
と言う答えが返ってきたそうです。当時小学生だった池上さんは、自分たちが知っていたアイスクリームがいい加減な偽物で、ケネディが口にしていたものとは似ても似つかぬものだったことに気づいたそうです。ここから食品表示、最近の食品の偽装表示に触れていくあたりに池上さんらしさを感じたりします。

もう一つ、公害に触れた部分に池上さんの良識を強く感じられました。高度成長優先と工業賛美の一方で起きた公害。その公害対策が遅れたことの原因には、企業による隠蔽工作というような企業倫理の欠如、企業人倫理の欠如というものがありました。
さらに、高度成長期に重化学工業を重視し発展を歓迎する中で数多く生まれた「企業城下町」、その負の側面としても公害問題の解決が遅れたという指摘も重要だと思います。
どれほ当時の日本が工業優先思考に絡め取られていたのかの傍証としてある学校の校歌が紹介されています。その後、公害問題が明らかになると、校歌の歌詞は変更されたといいます。これは一地域だけのことではなかったようです。工業地帯の学校では工業(工場)賛美を歌詞に織り込んだ校歌が多かったそうです。

ここで取り上げられた「企業城下町」という問題は過去のものではありません。産業と都市をめぐる問題はいまでも極めて現実的な問題だと思います。工場が原発や基地、廃棄場と名を変えただけで私たちの眼前にあります。それをどう考えるか、なぜそこが選ばれたのか、なぜ必要なのか……問いは続くのではないかと思います。

「経済学とは、『資源の最適配分』を考える学問」と定義して始められたこの講義は、戦後日本経済だけではありません。冷戦、社会主義とその失敗、社会主義市場経済という「形容矛盾」を突き進む中国など、私たちをとりまく世界の解明へと続きます。

「いまの中国で、いろいろモラルの問題が出てきますね。あれは、文化大革命の後遺症なのです」
と文化大革命の負の遺産のひとつに触れ、また天安門事件の顛末・隠蔽、その後の中国共産党の政治闘争、そして反日運動に触れ、
「歴史を直視することは大事なことです。でもそうであるならば、中国も、歴史を直視したほうがいいんじゃないの、過去に何があったかということを国民に隠し続けることはできないんじゃないの? ということを言いたいということがありますね」
ここに池上さんの良識というものがあると感じました。

さらにいえば、このような良識こそが今私たちに必要なことであり、その良識に上に立って日本を、世界を考える必要があるのではないでしょうか。

書誌:
書 名 池上彰の「経済学」講義 歴史編 戦後70年世界経済の歩み
著 者 池上彰
出版社 KADOKAWA/角川マガジンズ
初 版 2014年12月29日
レビュアー近況:先月受けた健康診断の結果が来たのですが、郵送ではなくメールにURLが貼られていて、サイトで確認するものでした。動画も使われていて、過去のデータとの比較も明瞭でした。凄いご時世です(結果は頗る健康でした)。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.05.12
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3476

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