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「カエシテ」 第16話

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 救急車はすぐに呼ばれたものの、福沢は即死だった。勢いよく飛び込んだ衝撃で頭部を強打していた。頭蓋骨が陥没し、床は一面血に染まり、壁にはところどころに嚢腫が飛散していたほどだ。
 救急隊の後には警察も駆けつけ捜査が行われたが、現場に争った形跡はなく、被害者の体にも抵抗の跡がなかったことや、目撃者も大勢いることからも酒に酔って水の入っていないプールにダイブした末の事故死として片が付いた。会場となった結婚式場には厳重注意が言い渡され、この騒動は幕を下ろした。
 福沢の葬儀はその三日後に営まれた。式には、ラグビー部員を中心に五十人ほどが参列した。大半が同窓会に参加した面々だ。誰もが事故を目の当たりにしたことで、未だにショックから立ち直れていないようだ。目を赤く腫らせている。
 式には、雑誌社の人間も参列していた。ただし、締め切り間近と言うこともあり、お通夜には全員参列したものの、告別式には加瀨と由里の二人のみの参列となった。
「まぁ、あいつらしい最後だったよな」
 元ラグビー部ばかりが参列している中、若干居心地の悪さを感じていた加瀨と由里だが、そばからふとそんな会話が聞こえてきた。二人の聴覚は自然とその会話に向く。
「あぁ、そうだな。もうすぐお開きってところで、あんなことを始めるんだから。あいつは変わっていなかったんだよな。学生時代じゃないんだから、プールに飛び込むことなんてないのに」
 哀しそうな顔で周辺の仲間は笑っている。
「そうだよな。もし水があったとしてもあの後、あいつはどうするつもりだったんだろうな。あんなところで」
 相手をしている男は目にうっすらと涙を浮かべながら当時を振り返っている。
「でもさ。あの時のあいつの動きって、少しおかしくなかったか」
 そこで別の男が会話に入り込んできた。
「あぁ、それは俺も感じたよ」
 思い出を語っていた男が頷く。
「そうだよな。普通、あんな動きはしないからな。まるで何かから逃げるような動きに見えたからな」
 そこを聞くと、加瀨と由里は顔を見合わせた。
「すいません」
 気になったこともあり、加瀨は声を掛けずにはいられなかった。名刺を差し出した後で、今の話に関して詳しく聞いていった。
「あの時、俺達は当時のように軽く体を動かしていたんです。もちろんボールはなかったので、それぞれのイメージで動いていたんですけどね。あいつもそこに加わったんです」
 取材の癖からか、加瀨はメモを取り始めた。
「最初はみんなと同じように笑いながら体を動かしていたんですけどね。確か一度抜けたんですよ。あいつは。でもその後すぐに戻ってきたんです。そこからの動きがおかしかったんですよね。真っ直ぐ走っていたところを急に左右に曲がり出したりして。異様に後ろを振り返っていたし」
「ちょっと待って下さい。ラグビーって左右に曲がって走るものなんじゃないですか」
 イメージではラグビーはフットワークを生かすスポーツのため、加瀨は口を挟んだ。
「えぇ、そうなんですけどね。でも、それは軽くです。フェイントで軽くステップを踏む程度です。あとは、パスしますからね。それなのに、あの日のあいつはほぼ九十度に曲がる時もあったんです。しかも、併走していた仲間にパスする素振りも見せずに、一人で持ち込むと最後はプールに飛び込んだんです」
「だけど、アルコールが入っていたからとは考えられないか」
 目に涙を溜めていた男が言う。
「いやっ、アルコールが入っていたなら、なおさらおかしいよ。あいつだって酒を飲んでプールに飛び込めばどれだけ危険かって、わかっているはずなんだから」
「そうか」
 納得したらしく男は口を閉ざした。
「どういうことですか」
 再び加瀨が聞く。
「我々は合宿先で、人命救助をしたことがあるんです。海で溺れている人を助けたんですけどね。その人は、酒をしこたま飲んで海で遊んでいたところ、波にさらわれたんです。その際に救助隊から、飲酒後に海やプールに入ることが、いかに危険かと言うことについて説明を受けたんですよ。あいつもきっと、それを覚えていたはずなんですよ」
「そうなんですか」
 加瀨は由里と顔を見合わせた。この話が事実であれば確かに不自然だ。
 だが、そこで出棺となった。
 係員が呼びに来たことで参列者は部屋を出て行く。
(まるで何かから逃げるようだった)
 加瀨と由里も部屋を出たが、頭の中にはこの言葉がこびりついていた。
(まさかお前は、あの画像から逃げていたのか。だからこそ、こんなことになったのか)
 加瀨は福沢の遺影に向かって問い掛けた。
 だが、答えが返ってくることはない。
 福沢はこの疑問を残したまま、灰になっていった。


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