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「カエシテ」 第36話

   36

 その頃。
 加瀨はベッドに腰掛け、この日の取材の成果を報告しようとしていた。
 時刻は十時を回っていたが、電話を掛けると陣内はすぐに出た。もしかしたら待っていたのかもしれない。加瀨はそう判断し、茂吉から聞いた話を伝えていった。
「本当か。それなら、確実じゃないか」
 一通り話を聞くと、陣内は興奮を見せた。電話の向こうで声は大きく弾んだ
「えぇ、残念ながら古くから伝わる呪いの儀式のようなものはないようですけど。とりあえずはこの親子がノートを持っていることは確実とのことでした。ですので、あとはこの親子を探すだけだと思います」
 加瀨は自分の考えも告げていく。
「どうするつもりだ。この親子の捜索に関しては」
 陣内は聞いてくる。
「はい、そこに関しては、SNSを使うつもりです」
 加瀨は即答した。マスコミの人間であれば、あらゆる手を使って見つけ出すのだろうが、生憎加瀨は一介の雑誌社のライターにすぎない。マスコミのような強力なつてはない。そうなれば、SNSに頼るしかなかった。幸いにも、雑誌社ではSNSのアカウントを持っている。そこからも情報を募集しているのだ。怪異好きな人がフォローしてくれているが、その数は数千人にも及ぶ。決して少なくはない数だ。
「そうか。なら、少しは情報が入ってくるかな」
 陣内は納得したようだ。
「ただ、あんまり直接的な表現で投稿するなよ。お前であれば、わかっていると思うけど。そうすると、面倒なことになるかもしれないから」
「えぇ、わかっています」
 加瀨は苦笑いした。今の時代、どこから言いがかりを付けられるかわからない。他人の一挙手一投足に目を光らせ、つけ込む隙を狙っている輩は多いのだ。この手の人間は常に自分は正しいと勘違いしているため、厄介だ。加瀨はそこを熟知していた。
「なら、平気だな」
 陣内は安心したようだ。今後の予定を話すと、電話を切った。
(とりあえずは、こんな感じでいいかな。うまいことぼかしてあるから。何とか、情報が入ってくるといいけどな)
 その後、加瀨は早速SNSに投稿する文章を考え出した。被害者家族を探しているものだが、事件に関しては遠回しの表現にしてある。知らない人にはわからないだろう。
 加瀨は、その文章をすぐに投稿した。
と、直後に部屋に備え付けられている電話が鳴った。
(何だろ)
 ホテルを利用することの多い加瀨だが、部屋の電話が鳴った経験はなかった。何やら嫌な予感がする。とは言え、無視するわけにはいかない。
「もしもし」
 加瀨は受話器を取った。
「あっ、すいません。加瀨さんですか」
 すると、相手は聞いてきた。声は低いが丁寧な口調だ。
「はい、そうですが」
 そう思いながら加瀨は認めた。
「私は新潟県警の石山いしやまと言います。これは大変申し上げにくいのですがね。今から二十分ほど前に通報がありまして、こちらのホテルの女風呂の浴槽に人が浮いているというのです。その方はすでに亡くなっていたのですが、身元を調べたようと脱衣所に残っていた持ち物を見ていったところ、加瀨さんのお知り合いの長野純さんのようなんです。ですので、お疲れのところ申し訳ありませんが、ご確認をお願いできませんか」
 不安は的中してしまったようだ。電話の向こうからは耳を疑いたくなるような話が流れてくる。
「わかりました。今すぐに行きます」
 電話を切ると、加瀨は部屋を飛び出た。
 女風呂は三階の端にある。
 階段で三階まで降りると、警察の人間が出入りしていたため、すぐにわかった。
 加瀨は身分を名乗ると、立入禁止を意味する黄色いテープの内側に通してもらえた。
「ありがとうございます」
 すると、中から出て来た坊主頭に厳つい顔をした男が声を掛けてきた。電話で話した石山という刑事だ。
「こちらになります」
 彼の案内で加瀨は脱衣所に入った。床には白い布を掛けられた遺体が横たわっている。
「どうぞ。ご確認ください」
 容姿からは想像も付かないほど丁寧な口調で言うと、石山は白い布をはぐった。
 すると、女性の顔が現れた。
 確認するまでもない。
 一時間近く前まで居酒屋でテーブルを挟んで仕事の話をしていた純だ。笑顔を浮かべていたのが嘘のように白い顔をして目を閉じている。
「間違いありません。私の知り合いです」
 加瀨はそう答えると涙を流した。


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