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「カエシテ」 第4話

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 朝礼の後、それぞれが雑務を片付けたところで会議は始まった。場所は、オフィスの脇にある会議室だ。長テーブルが長方形に組まれ、突き当たりにホワイトボードが置かれただけの簡素な部屋だ。
「それじゃあ、発表会を始めようか」
 全員が会議室に入ったことで進行役の加瀨が宣言した。ホワイトボードの前に立ち、一同の顔を見回している。
「誰から行くか。自信のある人がいれば、先陣を切ってくれるか」
「なら、俺から行きます」
 加瀨の誘いに乗ったのは福沢だ。元気よく手を上げた。朝に話していた通り、本当に自信があるようだ。
「なら、福沢くんから行こうか」
 他に喋りたそうな人はいなかったため、加瀨は指名した。
「わかりました」
 指名を受け、福沢はホワイトボードの前に立った。彼は、SNSなどを駆使し都市伝説を話し合うオフ会に顔を出している。会には毎回、ボイスレコーダーを持参し、参加者全員の話を録音し、その中から厳選し会議の場で発表している。
「じゃあ、聞いてください。タイトルは『カエシテ』です」
 咳払いを一つすると、福沢はまずタイトルを口にした。都市伝説の場合、タイトルも重要だ。タイトルが興味を惹かないものであれば、いくら怖い話であっても読者は目を向けてくれない。その点から行くと、今回のタイトルは合格のようだ。誰もがペンを手に取った。
「今からでも遅くありません。携帯に入っている画像データを確認してください。もしもその中に、恨み辛みが書き込まれたノートの画像があった場合は、もう手遅れかもしれません。
 何故ならそれは、死亡宣告を意味しているからです」
「おい、おい、いきなりすごいな」
 強烈な出だしに陣内は苦笑いした。他のスタッフの顔つきは心なしか、引きつっている。ただし、携帯を取り出し画像データを確認する人はいない。
「この話の始まりは、今から三年程前と言われています。新潟県内の病院に勤める女性が殺害されたのです。犯人は、交際していた男で数日後に逮捕されています。彼は女を騙し貢がせていたのですが、女がそこに気付き問い詰めたところ逆上し、殺害したわけです。その際、両腕を切断したというので異常としか言いようがありません」
 話を聞く人の顔は一瞬歪んだが、福沢は構わず話を続けていく。
「男の逮捕により事件の方は解決しました。しかし、問題はその後です。落ち着いたところで、遺族が娘の遺品を整理していると、部屋から一冊のノートが見つかりました。中に目を通していくと、最初の方は何の変哲もない日記が書き込まれていたそうです。ですが、途中から様相が変わりました。男の本性に気付いたのでしょうね。恨み辛みを書き殴るようになっていったのです。その文字には怒りがこもっていて、最後の方は判読不能だったと言います」
「なかなか恐ろしい展開だな」
 陣内が呟いた。ただし、怖さは感じているのだろう。顔は引きつっている。
「その内容からも、遺族はすぐに処分を考えたそうです。しかし、事件を追っていた記者により、ノートの一部が流出してしまったそうです。隙を突いてノートを写真に撮ったのです。遺族は必死にその画像を取り戻そうとしたのですが、それは殺害された女性も同じだったようです。画像データを持っている人の元に現れ、取り返しに来るそうです。入手してから一週間以内に。そして、その画像を入手した人は必ず、死ぬと言うことです」
「どういう風に死ぬんだ。そんなに犠牲者が出ているわけじゃないんだろ。もし何人もの人が犠牲になっているとしたら、問題になっているだろうから」
 疑問を覚え加瀨が口を挟んだ。
「えぇ、そうなんですけどね。死に方に関して事件性がないことで事故や自殺と判断されているようです。自分が聞いた限りでは、家から突然飛び降りて亡くなったことを皮切りに、穏やかな海で釣りを楽しんでいた男が波に飲まれたり、三十代の若者が心臓発作を起こしたり、お風呂で溺死したり、当日元気だった人がその夜に部屋で首を吊ったり、階段から足を踏み外して転落死したりと、日常では考えられないような死に方をしています」
「マジかよ」
 思わず加瀨が呟いた。人を死に誘う話は興味を惹くが、実際に起きたとしたら一大事になってしまう。
「えぇ、これは実話のようです。おそらく犠牲になった人も意味のわからないまま、この世から去って行ったと思います。ですから、もしも携帯の画像データの中に恨みや辛みを書き殴ったノートがあった場合は気を付けてください。直後にあなたは死ぬことになるかもしれませんからね。突如、不可解な形で」
 話はそこで終わったが、口を開く人はいない。暦の上では十月だが、会議室にいる人間は寒気を覚えていた。
「いかがでしたか。この話は」
 自信作の発表を終えたことで、福沢は反応を見るように一同の顔を見回している。その顔は得意気だ。
「これはいいよ。載せよう。来月号に。特に、画像を手にした人が次々と死んでいくってところがいいな。おまけに恨みを書き殴ったノートの画像が鍵になるわけだろ。まるでホラー映画じゃないか。うまくいけば話題を集めるかもしれない」
 誰もが声を発せずにいたが、陣内一人だけ興奮している。彼の本能が金になると告げたようだ。経営者からすれば、金はいくらあっても困らない。
「本当ですか」
 福沢は嬉しそうな顔をした。掲載されると社内でも株が上がる。
「あぁ、まだ他の話は聞いていないけど、メイン候補だよ」
「ありがとうございます」
 反応の良さに福沢はこぶしを握りしめながら自分の席に戻った。
「出来れば、この画像データも欲しいところだけどな。お前は持っていないのか」
「えぇ、一応、送ってもらったんですけど、気味が悪かったので削除してしまいました」
「バカだな。また送ってもらえよ」
 照れ笑いを浮かべた福沢を陣内は叱責した。
「すいません」
 福沢は大きい体を小さくして後頭部を擦っている。
「じゃあ、次の話に行こうか」
 陣内の注意が終わったところで加瀨が会議を進行した。
 その後も発表は続いていったが、福沢の話に勝るものは出て来なかった。
 

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