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「カエシテ」 第12話

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「と言うことでした」
 オフィスに戻ると加瀨は、山根から聞き出した話を報告した。
「となると、画像を見た人は本当に次々と死んでいると言うことか。これは穏やかじゃないな。S社からすれば」
 話を聞いた陣内は分析していく。
「えぇ、話を聞いた人の様子では、社内でもひた隠しにしていこうとしているみたいでした。ただ、何とかして解決しようとしている動きは見られたんですけど、その方法が見つからずに困惑しているという感じでしたね」
「なら、決まりだな。この画像を探そう。そして、この話が本当か実証してみようじゃないか」
 陣内は決断した。その目は輝いている。
「本気ですか」
 しかし、平子は逃げ腰だ。眉を八の字に下げている。ホラー誌を刊行する会社で働いていながら小心者のため、本格的な怖い話を聞くと、こうして怯えることがあった。そのため、周囲からはからかわれることが多い。
「当たり前だろ。怖い話なんて世の中には星の数ほどあるけど、ここまで犠牲者が出ている話なんてそうはないんだから。うちは、その話を知ったんだ。これは千載一遇のチャンスじゃないか。逃したら絶対に後悔するぞ。他の雑誌に持って行かれてしまうからな。そうじゃなくても一部の人間の間では、S社の怪死が持ち上がっているんだから。見送る手はないだろ」
 部下が逃げ腰というもっとも嫌いな態度を見せたため、陣内は説教した。
「それに、もしうちがこの話を解明してみろ。売り上げも評価も知名度も天井知らずに伸びるんだぞ。その未来を想像してみろ。とても逃すことは出来ないだろ」
 既にその未来が見えているのか、陣内の目は輝いていくばかりだ。こうなったらもう、彼を止めることは出来ない。従業員はそのことを知っているため、反論する人間はいない。場は陣内の独壇場に変わっていく。
「ところで、画像の方はどうなった。お前は探しているんだろ。同じオフ会に参加した人に連絡を取って」
 周囲の様子を気にすることなく、陣内は片隅でポツンと座っている福沢に聞いた。
「誰も持っていませんでしたよ。持っていた人も俺と同じように削除したって言っていましたし。気味が悪くて、あんなもの持ち歩く人なんていないんですよ」
 今にも泣き出しそうな顔で福沢は言った。
「そうか。それは残念だな。ちなみに、どういう感じだったんだ。女の怒りが書き殴られていたって話だったけど、もっと具体的に何かないか。情報は」
 配慮の欠片も見せずに陣内は聞いていく。
「ノートにうっすら文字が見えたくらいでしたよ。もう経年劣化で薄汚れていたので、文字の判読は出来ませんでした。筆跡も薄かったですし」
「そうか」
 大した情報が入らなかったせいか、陣内はつまらなそうな顔をしている。
「ちょっと、ノートの内容なんてどうでもいいんですよ。俺のことを気に掛けてくださいよ。もしかしたら俺は、次の犠牲者になるかもしれないんですから」
 無神経な発言の数々を受け福沢はさすがに爆発した。
「もう俺は終わりですよ。期限はジワジワと迫ってきているんですから。それなのに、未だに大した手掛かりも掴んでいないじゃないですか。何とか解明するって言っておきながら。俺はもう逃げられないですよ。突然、あの女がやって来て死ぬことになるわけですよ。今までの被害者と同様に」
 口からは投げやりな言葉が飛び出す。外では、彼の気持ちを追い込むように救急車のサイレンの音が響いている。
「なら、この期間が過ぎるまで部屋から一歩も出ない方がいんじゃないか。悪いことは言わないから」
 上司に代わり加瀨が気遣った。中間管理職のような立場にあるため、部下への気遣いも彼の大切な仕事の一つだ。
「とりあえず、この数日間、無謀なことはしないようにしろ。有給だってまだあるだろ。きっと許可されると思うから、取ってもいいんじゃないか」
 更に提案する。
「そうしたい気持ちは山々なんですけどね。もし一人の時に何かあったらと考えると怖いんですよね。一人の時じゃ、誰にも助けを求められないので」
 その気持ちは嬉しかったが、福沢は複雑な心境を吐露した。ただし、同情を集めていることで機嫌は直したようだ。拗ねていた顔は照れ笑いに変わっている。
「なら、どうするつもりだ」
 提案をはねのけてきたため、加瀨は聞く。
「とりあえずは、今まで通りに出社します。仕事をしている方が気が紛れるので。人もこれだけいれば安心ですし」
 照れ笑いを浮かべながら福沢はスタッフに目を向けた。
「なら、そうしろ。俺達も出来る限り、お前のことを守るようにするから。もうそうするしかないからな。この状態じゃ」
「そうですね」
 スタッフもそこで納得したようだ。加瀨の話に純が頷いた。
「ありがとうございます」
 福沢の方は頭を下げている。
 そうして、この日から編集部では福沢を前面フォローしていくこととなった。
「甘い奴らだな。あいつらは」
 その輪からいち早く離れていた陣内は、デスクからこっそりと何かを取り出した。
 小型カメラだ。
 陣内はそのカメラを福沢に向け、録画ボタンを押した。


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