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「カエシテ」 第17話

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「どうだった。昨日は」
 翌日に出社すると、陣内が早速聞いてきた。
「えぇ、あいつは穏やかに旅立っていきましたよ。ラグビー部の仲間に見送ってもらえて満足だったんじゃないですかね。それに、あいつが発表した話をメインで掲載した雑誌も棺に入れてやりましたし。部員の人は見たいって口々に言っていて、あいつはどこか誇らしげでしたよ」
 告別式の様子を加瀨は教えてあげた。この日は曇り空だが、僅かに太陽の光が差し込んでいる。まるで、福沢が覗いているようだ。
「そうか。それならよかった。あいつも今頃のんびりしているかな」
 話を聞くと陣内はスタッフに背を向け、窓の外に目をやった。仕事の鬼と揶揄されている男も、さすがに部下を失い感傷的になっているのかもしれない。部下はそう思ったが、実際は違う。福沢を隠し撮りしていたカメラを手にし録画データを削除していたのだ。陣内はずっとこのカメラを回していたが、目的は福沢が死に追いやられる瞬間を撮影することだった。もしその瞬間を録画できれば、会社からすれば大きな目玉となると考えていたのだ。だが、その目論見が外れたことで録画データを消していたのだった。
「ちょっと」
 よもやそんな裏事情があるとは夢にも思わず社長の背中を見守っていると、加瀨は袖を引っ張られた。目を向けると、由里が顎を陣内の方へしゃくっている。昨日の話をしろと訴え掛けているのだ。
「ところで、一つ気になったことがあるんですよ」
 気付いたのであれば自分で言ってほしいものだが、加瀨は仕方なく切り出した。
「何だ」
 そう言って振り返った陣内に対し、加瀨は死の直前に福沢が取ったという不可思議な行動について話していった。
「それは単に酒に酔っていたからじゃないのか。あいつは酒が入ると騒ぐ人間だったから。警察も確か、酒に酔って飛び込んだって見解を示していたはずだよな」
 陣内もやはりこの考えを持ったようだ。頭の中では手にしている小型カメラをバレないようにすることしか考えていなかったが、しっかり話を組み立ててしまうところはさすがと言えよう。
「えぇ、そう思うのが普通なんですけどね。でも、こうも考えられませんか。もしかしたらあいつは、あの画像により現れた女に追い回されていたんじゃないかって」
 その結論を告げると、陣内の顔つきは変わった。平子と純も表情を凍り付かせている。
「確かに、あいつはお調子者でした。酒を飲むとそれは顕著に表れていました。でも、いくら何でもプールに飛び込まないと思うんですよ。もうすぐ十一月に差し掛かろうとしているわけですから」
 加瀨はしっかりと部員から聞いた人命救助と救命隊からの話も付け加えた。
「そうなのか。なるほどな」
 徐々に陣内の顔つきは引き締まっていく。話が繋がってきたようだ。
「そうなると、何かしらの事情があったと思うんですよ。あいつに何かあるとしたら、一つしかないじゃないですか。あの画像による怪異です。他に考えられないので、この話は有力だと思うんですよね」
「そうか。そう考えると説明が付くな。あいつはあの話の犠牲になってしまったのか。だからこんな不可解な死を遂げたんだな」
 陣内は手を叩いた。目付きは完全に変わっている。欲が宿り始めたことからも、仕事につなげようと考えていることは明らかだ。
「でも、もしそうだとしたら何かしらの声や異変を察知した人がいるんじゃないですか。同窓会に参加した人の中には」
 平子が疑問を挟む。
「いやっ、そういう話は出なかった」
 加瀬は正直に答える。
「なら、一概に決めつけることは出来ないんじゃないですか。いくら福沢さんの死が不可解でも。あの画像がきっかけで現れた女から逃げていたのであれば、さすがに人目に付くでしょう。話している途中であれば気付くはずですよ。同窓会には多くの出席者がいたと聞きますから。その人たちからそういった話が出ないということは、やはり違うと考えるのが妥当じゃないですか」
「そうも考えられるけどな。俺はこうも考えているんだよ。もしかしたら、この現象は死ぬ運命にある当人にしか見えていないんじゃないかって」
 加瀨の話をスタッフは神妙な顔つきで聞いている。
「今回はその運命に福沢があったわけだ。だから、あいつしか見えなかったのかもしれない。俺たちは知っての通り、あいつはあの話に相当怯えていただろ。そこに、話通りの現象が起きたんだ。誰だってパニックに陥るものじゃないか。その結果、周囲から見たら不可解と思える行動を取ってしまったとは考えられないか。あいつは必死に逃げていただけなのに」
「そうか。もしその話が事実であれば、また一つあの話に関する情報を得たことになるな。当人しか見えない恐怖なんてますます読者を煽るよ。いいぞ。これは」
 周囲の人間は神妙な顔をしているが、陣内は一人笑みを浮かべ手を叩いた。
「ところで、雑誌の方はどうなるんですか。まだ話が決まっていない部分がありますけど」
 その中、由里が聞いた。女性だけに考えは現実的だ。一段落ついたところで仕事の話を始めた。
「それに関してはだな。しっかり穴埋めしておくよ」
 相変わらず笑みを浮かべたまま陣内は答える。
「ネタはあるんですか。新しい話は見つかっていませんけど」
 不安そうな顔で平子が聞く。締め切りはもう間近だ。まさかここから新しいネタを見つけてこいと言われたらかなわない。
「あぁ、そこに関してはストックがあるからな。実は、俺は毎月発表された中でボツになったネタを、こっそり残しているんだよ。もしもの時のために」
「そうなんですか」
 そんな勤勉なことをしていたとは知らなかったため、スタッフは驚きを見せている。一発勝負と言っていたため、ボツとなった話は全て削除していると考えていたのだ。
「あぁ、いつネタが切れるかわからないからな。この手の話は。当然の処置だよ」
 陣内は得意気だ。
「その中から三ヶ月前に純が発表した話を採用することにした。覚えているかな」
 その顔で純に目を向けた。
「三ヶ月前ですか。どういう話をしましたっけ。私は」
 だが、彼女は覚えていないようだ。照れ笑いを浮かべている。
「やっぱり覚えていないか」
 陣内も笑顔を見せる。
「地方の部屋の話だよ。住むと呻き声や視線を感じているって言う」
「あぁ、あれですか」
 純は思い出したようだ。頷いている。
 その話は、入居直後から呻き苦しみ、助けを求める声が一日中聞こえ、更に視線まで感じるというものだ。住み続けていくことで、よりひどくなっていくという。そこで専門家が調べたところ、壁からは白骨化した赤ん坊の遺体が見つかり、頭蓋骨はじっと部屋を見ていたという話だ。実際に住んでいた人の証言を交えたことで、恐怖の度合いが増していた。
「とりあえず、あの話で穴埋めするから。三人はいつも通りの仕事をしていてくれ。俺と加瀨はこの話を追っていこう。とりあえず、加瀨は式場に行ってくれるか。事故当時の状況を聞いて、あわよくば、カメラの映像もあれば借りてきてくれ」
「わかりました」
 加瀨が頷くと、準備を整え会社を出て行った。


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