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「カエシテ」 第23話

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 純は、渋谷区の笹塚に住んでいる。京王線笹塚駅北口を出、甲州街道を渡ると、住宅街をしばらく歩き、コンビニの先に建つ賃貸アパートの一室が住まいだ。外観は剥き出しのコンクリートと堅牢な印象だが、築三十年と言うこともあり、家賃は六万円と格安だった。オートロックと防犯面も整っていることもあり、一年ほど前からこのアパートに住んでいる。
 この日も、仕事を終えるとアパートに帰ってきた。オートロックを解除しエントランスに入ると、突き当たりのエレベーターで三階まで上がり、自分の部屋に入った。
 部屋の間取りは1LDK。入ってすぐがリビングとなっていて、右側にキッチン。左側がトイレとバスになっている。リビングの突き当たりは引き戸となっていて、奥は寝室となっている。
 部屋に帰ってきた純は、いつものようにリビングに落ち着いた。リビングは、中央にテーブル。クッションが二つ置かれ、左側にチェストが置かれている。若者らしく、テレビはない。床はフローリングとなっていて、そこかしこに空のペットボトルやお菓子の袋が散乱している。人が来ることはないため、片付けはおろそかにしていたのだ。寝室も同様で、服は脱ぎ散らかしている。
(とりあえず、携帯を前のようにしないとね。いろいろと不便だから)
 駅前のスーパーで買ってきた弁当で夕食を済ませると、純は早速携帯をいじり始めた。現在は、携帯のデータの移行は簡単に完了するが、純は生憎元の携帯はショップに返却していた。そのため、メモを頼りに手作業で行っていく。手作業となると、アプリの移行は骨が折れる。特に、会員登録しているサイトは面倒だ。サイトを開く度に、IDとパスワードの入力を求められる。純は二十個近いアプリを携帯に入れていたため、入力を求められる度に手を焼いた。
(とりあえず、こんなところかしら。もしかしたら忘れているアプリがあるかもしれないけど、必要になった時に思い出すでしょうからね。その時に入れればいいわよね)
 一時間ほどで精神的にも疲労が蓄積されてきたため、純は作業に一区切り付けた。
(なら、写真の加工アプリを試してみよう。これがしっかり動いてくれないと、私は仕事にならないからね)
 缶チューハイを飲むと純は、真っ先に入れた写真加工アプリを稼働した。純が働いている『月刊ホラー』では、都市伝説や全国の怪異だけではなく、心霊写真も掲載している。基本は読者が送ってくる写真を編集部で厳選するが、月によっては目を引く写真が集まらない時もある。そういった時は、純がアプリを駆使して心霊写真を作り上げることになっている。そのため、画像加工アプリは必須というわけだ。
 純は徐に部屋にレンズを向け、一枚写真を撮ると、心霊写真を作りに掛かった。毎回作っているアプリを利用すれば、心霊写真など三分もしないうちに作り上げることが可能だ。いつもの手順で操作していくと二分で完成した。
(これなら平気ね。前と同じ出来だから)
 完成した写真を見ると純は満足した。一見、何の変哲もないリビングだが、うっすらと髪の長い女が映り込んでいる。ポイントは、女がうっすらと映り込んでいるところだ。全てがはっきり写っていると、見た人が恐怖を覚えることはない。うっすらと写っている方が、人の恐怖を引き立てるものだ。『月刊ホラー』で心霊写真を担当していることで、純はこの点を熟知していた。
(今後はこの携帯を使っていこう。十分に使えそうだからね。長持ちしてほしいものだわ)
 結果に満足しながら純は作ったばかりの画像を削除した。新しい携帯のため、これで画像フォルダは空になったはずだ。
(あれっ)
 だが、画像フォルダにはもう一枚画像が保存されていた。白い画像だ。
(何かしら。この画像は。サンプルでも入っているのかしら)
 不思議がりながらも純はその画像を表示させた。
 が、表示された画像を見ると思わず携帯を放り捨てた。液晶には、判読不能の文字が書き殴られたノートの画像が表示されている。楓が怒りを書き殴ったあの画像だ。
(嘘でしょ。どうして、この画像が入っているの)
 純は発狂したい気持ちだった。彼女は前に使っていた携帯のデータは移行していない。そのため、この画像が新しい携帯に入っていることなどないはずなのだ。
(この画像は、私のことを追い詰めていくの。冗談じゃないわよ。私はこんな画像になんて負けないからね)
 純はすぐさま、画像の削除を行った。だが、いくらそうしたところで画像が携帯から消えることはなかった。
(どうしてよ。どうして消えてくれないの。他の画像は消えるのに)
 いくら削除しても画像が消えないため、純はあきらめた。
(こうなったらもうしょうがないわ。他に手はないから)
 その後で、携帯の液晶をテーブルの角に思い切り叩きつけた。液晶には一度で蜘蛛の巣のようにヒビが入った。三度も叩きつけると、液晶全体はヒビで覆われた。試しに電源を入れてみたが、点くことはなかった。完全に壊れたようだ。
(これで平気ね。もう私の元には携帯はないんだから。あの画像が私の元に現れることはないわ)
 壊れた携帯を手に純は安堵した。購入して僅か数時間で携帯を失ったことになるが、命の方が大切だ。ローンがまだ残り、アプリが使用できなくなり、連絡も取れなくなるが、それでもかまわなかった。
(しばらくの我慢よ。しばらく我慢すれば、あの画像の呪いから逃げ切ることが出来るんだからね。これくらいお安いものよ)
 液晶が粉々になった携帯をビニール袋に入れ更に踏みつけると、純は不燃物のゴミ袋へ入れた。


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