「悲哀の月」 第41話
翌日。
雨宮は出勤前に二十四時間経営のスーパーに立ち寄った。目的は、消毒用のウェットティッシュと使い捨ての手袋を買うためだ。行ってみると、幸いにも両方とも売っていた。消毒液やウェットティッシュの方は残り少なかったが、早い時間に行ったことが功を奏したようだ。念のためマスクを覗いてみたが、相変わらず品切れ状態が続いている。マスクは完売しましたというお馴染みの張り紙が貼られていただけだった。
その後、雨宮は会社でいつも通り仕事をこなすと、帰りにコンビニに寄った。真っ直ぐ弁当コーナーに足を運ぶ。まだ時間は遅くないため、弁当はたくさん並んでいた。
(どれがいいかな。やっぱり栄養のバランスを考えた方がいいよな。おそらく、あまり動いていないだろうから。野菜がたくさん入っていた方がいいかな)
吟味した結果、雨宮は野菜炒めの弁当を手にした。
(でもな。これじゃあ、いくら何でも味気ないよな。弁当なんだから、食べる時に少しは楽しい気持ちになるようなものじゃないとな。食べる方としてもつまらないもんな。そうじゃなくても、里奈はコロナに感染して気が落ちているわけだから)
だが、里奈のことを思うとすぐに考え直した。
(それなら、こっちの方がいいかな。ちょっとボリュームはあるけど、力だって付くだろうから。いっぱい食べて元気になってもらいたいしな)
そして熟考を重ねた結果、目玉焼きの乗ったハンバーグ弁当を手にした。更に野菜サラダとヨーグルトにお茶も加えた。
(これならいいだろ。バランスも取れて。これくらい食べれれば元気だってことだからな。目安にもなるだろ)
都合よく考えると雨宮は商品の入ったビニール袋を提げ、里奈の住むマンションへ向かった。マンションに入る前にはしっかりと、朝に買った使い捨て手袋をはめる。その上で、彼女の住む部屋の前に立った。
やはり気になるのだろう。自然と室内の様子を探ってしまう。
しかし、異変は感じられない。静かなままだ。本当に、このドアを一枚挟んだ向こう側に、コロナに感染した人がいるのかと思ってしまったほどだ。
だが、そう思っているとドアの向こうから咳が聞こえてきた。風邪の時とは違い、重たい咳だ。
その咳が雨宮を現実に引き戻した。ドアの向こうには間違いなく、コロナに感染した人がいるのだ。
雨宮は気持ちを改め、自分の役目を果たしていくことにした。バッグからウェットティッシュを取り出し、ドアノブを入念に拭くと手に提げていたビニール袋を掛けた。そして部屋の前から去ると、はめていた手袋を外しビニール袋に入れ口をきつく結びゴミ箱へ捨てた。その後、ウェットティッシュで入念に手を拭くと、携帯を取りだし、里奈にLINEを送った。
すると、彼女からはすぐに返信があった。
ありがとう。
外にいたのは気付いていたよ。ビニール袋の音がしたから。ドアスコープから見ていたよ。ちゃんと手袋をしていたね。
だけど、私こんなに食べれないわよ。太らせる気。
LINEにはそう打ち込まれていた。
(何だ。気付いていたのか。それなら元気なんだな。こんな冗談も言えるわけだし。この様子だと、俺が心配しているよりもずっと元気なのかもしれないな)
本文を読むと雨宮は安心した。そうして彼は、この日から仕事帰りに里奈の部屋へ弁当を届けることとなった。
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