「カエシテ」 第9話
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取材を申し込んでみると、S社は許可してくれた。最初は拒む勢いだったが、力になれるかもしれないと伝えると、態度は急変した。担当者に替わると話はすんなりと進み、翌日に取材に行く段取りが付いた。
S社は品川区にある。加瀨は午前中に雑務をこなすと、頃合いを見て会社を出た。新宿三丁目駅まで行くと、馬喰横町駅で下車し、地下道を歩き東日本橋駅まで行くと、都営浅草線に乗り換え、品川に向かった。
品川と言えば、日本屈指のビジネス街だ。駅の周辺だけでなく、路地裏でも多くの雑居ビルが乱立している。また、道を歩くビジネスマンもこの街で戦い抜いている自信からか、洗練されている。胸を張って力強い足取りで歩いている人が多い。
加瀨も彼らに負けないように胸を張って、第一京浜に沿って歩いて行く。そして、電子部品製造会社の看板が掲げられたビルの角を左に曲がると、その先に目的のS社のビルはあった。S社は三流紙だったが、五階建てのビルを構えていた。驚いたことに、自社ビルとのことだ。ガセネタが多くても世間に対する知名度は高いため、意外と儲かっているのかもしれない。
加瀨は、そんな下世話なことを思いながらビルの前に立った。
自動ドアを通過しビルに入ると、突き当たりに受付台があり、二人の女の姿があった。脇には、制服に身を包んだ熊のような体をした警備員が立っている。さすがに新聞社だけあり、警備体制は万全だ。これでは正面突破できそうにない。アポなしといった時点で門前払いされることは目に見えている。
加瀨はそんなことを思いながら受付で用件を告げると、入館証を受け取った。そして、受付の左奥にあるエレベーターで三階へ上がる。
すると、連絡を受けたのだろう。男が一人待っていた。背が低く、眼鏡を掛け歯の出た、昭和の日本人を絵に描いたような男だ。彼は、山根と名乗った。
加瀨は山根の案内により、エレベーターホールを左に曲がり、廊下を少し進んだところにある部屋に入った。部屋は会議室のようだ。会議室とは、どの会社でも大差はない。長テーブルと椅子にホワイトボードがあるだけだ。違いと言えば、部屋の大きさくらいだろう。加瀨はその部屋で、山根と向かい合って座った。
「で、話なんですがね」
コーヒーを運んできた女性が退室したところで山根は本題に入った。
「世間で噂に上がっている話は概ね事実です。当社で働いていた四人の従業員は三ヶ月ほどの間で不可解な死を遂げています」
山根はあっさり噂を認めた。
「心当たりはありますか。例えば、この四人が同じ案件を調べていたとか」
コーヒーを口に運びながら加瀨は聞いた。口に含むと、さすがに自社ビルを持っているだけあり、いいコーヒーだった。香りが鼻に抜けていく。
「それは正直わからないんですよね。記者が何を追っているのか、私共は全員把握しているわけではないので」
「そうですよね」
加瀨は頷いた。S社は曲がりなりにも大手だ。記者だって、三桁はいるだろう。全ての記者の取材内容を把握していたら、頭がパンクしてしまう。
「ちなみに、私達の方では理由らしきものが判明しているんですけど、聞いていただけますか」
「えぇ、是非、聞かせて下さい」
山根は身を乗り出してきた。彼としても、この不可解な死に対して一日も早くピリオドを打ちたいのだろう。
「それは、ノートです。男に騙された女が怒りを書き殴ったノートの画像があるというのです。この画像を手にした人が一週間以内に死ぬと言われています」
「やはり、その話ですか」
山根は知っていたようだ。眼鏡をずり上げ表情を引き締めた。
「ということは、ご存じなのですね」
「えぇ、もちろんです。この話は弊社ではタブーとなっていますからね。一部の人間の間では、都市伝説化していますし」
「詳しく教えていただけますか」
少しでも情報が欲しいため、加瀨は詳細を求めた。
「えぇ、発端は今から三年ほど前に起きた事件です。一人の女が男に騙された上に殺されたんです。うちの新聞でも社会面で取り上げようと取材したんです。この手の話題に目をぎらつかせる性悪女がいますからね」
そう言う山根も目をぎらつかせ立派な性悪男に見える。
「ただ、担当した記者が悪かったんです。戸倉という男が担当したんですけどね。この男は、うちでもっとも問題を抱えている記者だったんですよ。取材は強引で、でたらめな記事を平気で書くような男なので」
まるでこの新聞社の申し子だと思ったが、加瀨は黙っていることにした。
「当時、戸倉は信越支社に勤めていましてね。この時も戸倉はでたらめな記事を書きまして、遺族の怒りを買っていたんです。でも、戸倉はその程度でへこたれる男ではありません。その後も取材を続け、あるものの存在を知ったんです。それこそが、被害者が男に対しての怒りを書き殴ったノートです。戸倉は何とかしてノートの中身を見せてもらおうと、遺族の元に連日押しかけるようになったのです」
福沢のしていた話と一致するため、加瀨は一層話に集中した。
「しかし、当然のことながら遺族は拒みました。何度行ったところで、そんなノートはないと突き返しました。でも、そんなことに負けていては記者になどなれません。戸倉は通い詰めました。そしてある日、遺族の隙を突いてノートを見つけました。携帯で素早く写真に撮ったのです。丁度、それは東京本社に戻ってくる直前でしてね。手土産とばかりに見せびらかしていましたよ。でも、こっちでは話題にもなっていない事件だったので、見せられた人は迷惑そうでしたけどね。戸倉からすれば、その画像を新聞に掲載するつもりだったみたいです。しかしながら、遺族が新聞社に徹底抗議してきたことで結局、画像が紙面を飾ることはありませんでした。この騒動が発端となっていると言われています。この一連の話は」
「その画像はあるんですか」
加瀨は聞く。画像の現物があるのであれば話は早い。
「それは、あるという話なんですけどね。どこにあるのかはわからないんです。何しろ、都市伝説化している話なので」
「そうですか」
度々、都市伝説を逃げ道にしているところが気に食わなかったが、加瀨は頷いた。
「ちなみに、この戸倉という記者が書いた記事は世に出回っているんですか」
その気持ちを隠し、質問を続けていく。
「はい、紙面に掲載されていますからね」
「では、とりあえず記事を見せていただく事って出来ますかね。どれほどの脚色が加えられているのか、自分の目でも見てみたいので」
「はい、わかりました。少々お待ち下さい」
山根は一度席を外した。そして、五分ほどでタブレットを手に戻ってきた。
「これが当時戸倉が書いた記事です。どうぞ。読んで下さい」
山根は表示させるとタブレットを手渡した。
「では、拝見させていただきます」
加瀨はタブレットを受け取ると、表示されている文字に目を向けていった。
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