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「悲哀の月」 第4話

 翌日。
「きれいじゃないですか。里奈さん」
「本当。どれに決めたの」
 出勤した里奈は、早速昨日試着したウェディングドレスの写真を仲間に見せていた。彼女は、都内の病院で看護師として働いている。現在いる更衣室は、ロッカーが並ぶだけで殺風景だが、病院の中で唯一リラックスできる場所だ。着替えが済むといつも、仲間と会話が弾んでいる。
「うん、これにしたの。式は四月だからさ。肌を出すにはまだ寒そうだし、旦那もこれがいいと言ってくれたから」
 里奈はその中から一枚の写真を見せた。袖がレースになっているドレスだ。自分でも気に入っていたが、何より雨宮が褒めてくれた。
「やっぱり、これにしたんだ。最初見た時からいいと思っていたのよね。旦那さんはセンスがあるのね」
 笑顔でそう言ったのは、下田貴子しもだたかこだ。里奈と同期で、常に明るさを失わないため、患者からも人気が高い。
「そうね」
 自分の夫が褒められたことで里奈は嬉しかった。幸せな笑みが浮かぶ。
「里奈さんはもう一緒に住んでいるんですか。前に聞いた時はまだ別々だって言ってましたけど」
 もう見せる写真がないため、携帯をしまっていると白川真子しらかわまこが聞いてきた。まだ半年しか勤務していないが、異様に落ち着いている。
「それが、まだなのよ。早く一緒に住みたいんだけどね。なかなかお互いの休みが合わなくて。合ったとしても披露宴のことで終わってしまうし。とても引っ越しまで話は進まないの。だからとりあえず、披露宴が終わってからにしようと話しているのよ」
「そうなんですか」
「ちなみに、結婚後も仕事は続けるの」
 真子が頷くそばから貴子が聞いてきた。
「もちろん続けるわよ。今後も」
 里奈は頷いた。同じく看護師をしている母が目標のため、生涯看護士を目指している。
「そうなんだ」
「えっ、なに。その反応。もしかして、私がいると嫌なの。本当は早く辞めてほしいって思っているの」
 返事を聞いた貴子の表情が曇ったため、里奈は意地悪な質問をした。
「いやっ、決してそんなことはないわよ。里奈がいないと困るのは私達だから。教えてもらいたいことは、たくさんあるしね」
 貴子は慌てて体の前で手を振った。
「本当に」
 それがまた貴子の意地悪心に火を点ける。懐疑的な目を向けた。
「本当よ。里奈のことを尊敬している人はたくさんいるから。この病棟には。いつか、里奈のようになりたいと思っているのよ。だから、いてくれるのであればこれほど心強いことはないわよ」
 貴子は必死に言葉をつないだ。
「なんてね。嘘よ」
 これ以上はかわいそうだと思い、里奈は一転して笑顔を見せた。
「私はわかっているわよ。貴子の気持ちは。今後も、よろしくね」
「うん、よろしくね」
 疑いが晴れたとわかり、貴子は安堵の笑みを見せた。
「それじゃあ、今日も頑張ろうね」
「はい」
 三人はそこで話を打ち切った。里奈を先頭に更衣室から出て行く。
 途端に表情が変わる。和やかな表情は一気に引き締まった。人命を預かる場所だけに責任感を持っているのだ。三人はその表情で医局に入ると、連絡事項を確認し、自分達の仕事を始めていった。


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