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「悲哀の月」 第17話

 コロナ病棟の制作は急ピッチで進められた。病院側に要請が持ちかけられた直後に着手し、一週間ほどで完成した。
 翌日には、担当するスタッフが説明を受けることとなった。病棟に関しては、房代の話していた通り、三階と四階となった。軽症者は四階で重症者は三階となるという。両階に入院している患者は、転院の措置が取られた。
また、外来患者に関しては、一時的に時間を短縮して受け入れることになった。院内感染を恐れての措置だ。同時に、入り口や通路に関しても完全に別離する対策も取られることとなった。これにより、入院病棟の看護師は職を失うことになってしまったが、それでもコロナ病棟に来る看護師は数人しかいなかった。
「ニュースでも報じられているから知っているかもしれませんが、コロナウィルスは飛沫や接触により感染します。ですので、まずはそこから守りたいと思います。他院同様、フェイスシールドにマスクにキャップ。医療用の手袋を二重にし、防護服を着用することを義務づけます。また、病棟に入る際には必ず、二人一組で互いの着衣に隙間がないかを確認して下さい。隙間があった場合、もしもそこにウィルスが付着して気付かずに医局に戻ってきたとしたら、クラスターの危険がありますから。院内クラスターだけは絶対に避けたいので、よろしくお願いします」
 現在は、コロナ病棟を担当することになった来生満夫きすぎみつおによる説明が行われていた。長テーブルが横並びとなり、看護師はパイプ椅子に座って話を聞いている。今のところ、五十人の看護師が集まっているとのことだ。来生の脇では、共にコロナ病棟担当となった男性医師七人が硬い表情で立っている。彼らも看護師と共に、来生の話に真剣な表情で耳を傾けメモを取っている。
「病棟に関しては、私達が常駐する局から先が患者さんの病棟になります。自動ドアを二回通過することになりますが、一つ目のドアを通過したところは主に消毒や防護服や手袋などを外す場となります。必ず、消毒をしてから手袋や防護服に触れるようにして下さい。身につけていたものは一度きりの使い捨てとします。その後、もう一度全身を消毒してから局に戻るようにして下さい」
 来生の説明に熱がこもる。
「続いては患者さんについてです。患者さんの症状は幾つかの段階に分かれます。軽症者に関しては、自力での呼吸は可能ですが、息苦しさを感じる患者さんには鼻にチューブを挿入し酸素を取ってもらうことになります。それでも苦しいと訴える患者さんには、酸素マスクを付けてもらうことになります。ただ軽症者とは言え、患者さんは基本的に全身に倦怠感が出ていて動くことは億劫だと言います。呼吸することも苦しく、咳を出し続けています。患者さんによると、溺れているような状態だと言います」
 重要な話に看護師がメモを取る手は忙しく動く。
「そして重症者になると、意識は混濁しやがてなくなります。こうなると、自力では呼吸は出来ません。人工呼吸器。更には、エクモを装着することになります。ただし、このエクモには限りがあります。当院では二機しかありません。おまけに、エクモを装着した患者さんは自力では動けないので、床ずれを防止するために数時間おきに体制を変えたり、痰を取り除かなければいけなくなりますし、血栓のチェックもこまめにしなければなりません。現在のコロナ患者は、こういった措置が主に取られています」
 一区切り付いたのか、来生は見ていた用紙から顔を上げた。
「以上、簡単ではありましたがざっと説明しました。とにかく今現在、症状でわかっていることは少ないので、説明できるところと言えば、こんなところです。回数を重ねることで少しずつ、わかってくることも出て来ると思うので、その度に話し合っていきたいと思います。では、この後は実際に病棟を見ましょうか」
 そして、部屋から出た。医師と看護師が緊張の面持ちで後に続く。
 まずは四階だ。
 階段を上がっていくと、常駐する局があった。さすがにここは他の階と同じだ。腰ほどの高さの受付台で囲まれ、奥が看護師が常駐する場となっている。デスクが向き合う形で組まれ、壁際にはロッカーが置かれている。
局のすぐ先には自動ドアがあった。張り紙があり、ここからはコロナ病棟と書かれている。来生はそのドアの前に立ち通過した。
 すると、すぐにまた自動ドアがあった。
「ここが、病棟から出た後に防護服や手袋など身につけていたものを外す場所です。脱いだものはこのゴミ箱にしっかりと袋の口を結んだ状態で蓋をして下さい。消毒液に関しては、ここに用意してあります」
 来生は台の下の段ボールを開けて見せた。そこには、大量の消毒液の入ったボトルが詰まっていた。
「ここから先は病棟になります。四階は軽症者なので個室を用意しました。部屋は十個あって移住環境は揃っています。基本的に患者さんは部屋から出ることは出来ません。出る時は退院するか、症状が悪化して病室や病院を移る時、そして、亡くなった時だけです。当然、面会者もここには入れません」
 来生の説明に看護師の表情は切なくなった。
 その後、部屋にも入ったが、廊下が真っ直ぐ伸び、突き当たりにベッドとテレビとクローゼットが置かれていた。窓も開かないようになっている。
「次は重症病棟です」
 部屋を出ると、来生は三階へと移動を始めた。階段で三階へ降りた。局の方は、四階と同じだ。自動ドアを二度通過するところも変わらない。
 ただし、その先は違った。集中治療室は、廊下を挟み右側に二部屋。左側に三部屋、設置されていた。部屋は個室だが、入り口はオートロックとなっていて、スタッフがIDを翳すと、ドアが開くシステムとなっている。室内の方は短い廊下があり、奥にベッドが置かれ、左側には医療器具が並んでいる。
「重症者病棟は、こんな感じです。集中治療室で勤務経験のある方は見慣れていると思います。この時点では大差ありませんからね。でも、患者さんへの接し方は違います。ここに運ばれてくる患者さんは意識がなく、自分では動くことは出来ませんから。更に、感染のリスクは常に付きまとっています。ですので、患者さんの顔にはアクリル製の保護シールドのようなものを付ける予定です。それによりいろいろやりにくい面も出てくるとは思いますが、感染しないための措置ですのでご理解ください」
 看護師は厳しい顔でメモしていく。
「エクモに関しては、後日講習を開いて装着の仕方や交換の仕方、外し方などをレクチャーしますので、その時にまた勉強したいと思います。では、今日のところは、ここまでです。またこの後、決まったことがあれば、その都度お伝えします」
 医師がそう言ったところで、この日の説明会は終了となった。
 説明を受けた看護師は、険しい表情で病棟から去って行った。


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