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「カエシテ」 第22話

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 オフィスに戻った加瀨だったが、脳裏に公子の発した言葉がこびりついていた。
(また新たな犠牲者が出るぞ)
 というあの言葉だ。
 もしあの言葉が事実であれば、スタッフの中に既に画像を見た人間がいることになる。
 半信半疑で加瀨はスタッフの顔を思い浮かべていった。
 この日の仕事ぶりを振り返った限り、誰もが普段と変化はなかったように思う。モニタに向かい、それぞれの仕事をこなしていた。福沢のように怯えた様子を見せている人間はいなかった。
(やっぱり、いるとは思えないよな。この中には)
 スタッフを思い返した結果、加瀨は首を振った。既に福沢は犠牲になっている。スタッフとしても、あの画像の怖さを十分に理解しているはずだ。平常心でいられるほどメンタルの強い人間はいないだろう。誰だって死ぬことは怖い。死が迫ってくる中で、平常心を保つことは難しい。絶対に虚栄心の殻は剥がれ落ちるはずだ。
(となると、やっぱり当てずっぽうなのか)
 スタッフの様子を思い返したことで思考は疑惑に戻る。公子の話を初めて聞いた際、加瀨は疑惑を持った。証拠が何一つなかったからだ。
 だが、今は違う。
 福沢の件を言い当てたという現実がある。この現実が加瀨に迷いをもたらせていた。
(でも、待てよ)
 なおも考え込んでいると、別の考えが生まれてきた。
(もしかしたら、この中の人間と繋がっているんじゃないのか)
 新たに浮かんできた考えは協力者説だった。オフィスにいる人間は、加瀨に限らず清掃員と接している。その際、口を滑らせた人間がいるのではないかと考えたのだ。一応、福沢の件に関しては箝口令を敷いているが、どこまで効果があるのか怪しいものだ。
(となると、誰になるのかな。口の軽い人間は)
 改めて加瀨はスタッフの顔を思い浮かべた。少し離れたデスクでは陣内が険しい顔をして仕事をしているが、彼は別のことを考え込んでいる。
(やっぱり怪しいのは女二人だよな)
 その結果、疑惑の目は女子二人へ向く。女とは、お喋り好きだ。特に、同姓が相手となれば永遠に話し続けている。あの二人もつい話に熱が入り、ポロリと福沢の件を漏らしてしまったとも考えられる。そうなると問題は、どちらが犯人かという点だ。
(可能性としては、純の方が高いよな)
 考えた末、天秤は純に傾く。福沢ではないにしろ、彼女もはしゃぐ方だ。盛り上がった弾みでポロリと漏らしたと考えられる。
(いやっ、待てよ)
 しかし、そこでまた新たな考えが生まれてきた。
(電話で通話中に、あの人が盗み聞きしたケースもあるよな)
 新たな考えは電話の盗み聞きだった。三階は、基本的に『月刊ホラー』で働いている人間しか出入りしない。他に来る人と言えば、宅配業者と清掃員だ。それも頻繁に来るわけではない。滅多に来ないため、従業員は油断している。もしもその油断している中、電話を盗み聞きされたとしても気付かないだろう。
(いやっ、盗み聞きであれば電話だけとは限らないか。廊下にいても可能だ)
 加瀨の頭に更なる可能性が浮かんだ。仕事中、オフィスのドアは閉まっているため、廊下に誰がいるかわからない。話していても気にする人もいない。加瀨が考えている通り、仮に盗み聞きしていたとしても気付く人はいないのだ。
(可能性としては、これが最も高いよな)
 加瀨は苦い顔をした。もしもこの答えが正しければ、責任は自分にもある。社会に出ている人間とは基本的に声は大きい。小さい声では、相手に対して印象は悪いし、自分の意志のない人間と思われるからだ。そのため、自然と声は大きくなってしまう。話に熱が入れば、なおさらのことだ。廊下まで聞こえていたとしても無理はない。
(まずいな。下手したら今後も筒抜けになってしまうかもしれないな。そうなると、いろいろとまずいな。これは陣内さんに相談してみるか)
 冷や汗が滲んできたことで、陣内に目を向けた。現在は何か問題でも起こったのか、険しい顔をしている。あの表情の時に話しかけることは得策ではない。とばっちりを受けるのが関の山だ。
(仕方ない。この問題は持ち越しにするか)
 加瀨はすぐに陣内から目を逸らすと、この問題を一時的に保留にし、自分の仕事に取り掛かっていった。溜まっていた記事に脚色を加えていく。頭を切り換えたこともあり、順調に原稿は仕上がっていく。たちまち、一本仕上げることが出来た。
 そして、二本目に取り掛かろうとした時だった。
 デスクに置いていた携帯が鳴った。
 目を向けてみると、液晶に十一桁の数字が表示されている。知らない番号からの電話だ。
 普通、この手の電話は取らないだろうが、加瀨は迷うことなく携帯を手にした。記者とは、取材対象に対して何かあった時のためにと、自分の携帯番号の印刷された名刺を渡す。大抵の人は電話を掛けてくることはないが、稀に情報を提供してくれる人がいる。迷惑電話というケースもあるが、もし情報提供者からの電話だとしたら損してしまう。そのため、記者は携帯が鳴ると相手を確認することなく、条件反射で出てしまう。加瀬もそうだった。
「もしもし」
 通話ボタンを押すと呼び掛けた。
 すると、携帯の向こうからは期待していた情報提供がもたらされた。


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