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「カエシテ」 第24話

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 翌日。
 加瀨の姿は日比谷にあった。午前十時過ぎから日比谷シャンテの入り口脇にある喫茶店で過ごしていた。
 正面には女性の姿がある。
 横川美奈よこかわみなという名前のセミロングでおとなしそうな印象の女性だ。彼女は、S社でアルバイトとして働いている。加瀨が山根を訪ねた際、コーヒーを運んできた女性だ。あの時、山根がタブレットを取りに席を外した際、美奈が入室してきたため、加瀨は念のために名刺を渡していたのだ。美奈はその名刺を見て、大切な話があると昨日電話をくれたことで、この日会う運びとなったわけだ。ただし、会社のそばでは他の従業員に目撃される恐れがあるため、美奈の希望により日比谷となった。
 二人のいる喫茶店は左一面はガラス張りとなっていて、外の様子が見える。平日と言うこともあり、石畳の路地をサラリーマンや若者が忙しそうに歩いている。路地を挟んだ先にある台湾料理店は、いつものことながら長蛇の列を作っている。
「では、話を伺ってもよろしいですか」
 世間話を楽しんでいると、二人のオーダーしたメニューが運ばれてきたため、加瀨は本題に入った。
「はい」
 ミルクティーはかき混ぜながら美奈は頷く。店内は間隔を置いてテーブルが並んでいる。昼時になれば満席になる店だが、現在は午前中と言うこともあり、空席が目立つ。客層はサラリーマンやショッピングに来た女性が多い。
「まず、私の方から伺いたいのですが、あの日山根からはどういう話を聞かされたのですか」
 美奈はミルクティーを一口飲むと聞いてきた。
「それはですね」
 まさか質問を受けるとは思っていなかったため、加瀨は慌てて話していった。
「そうですか。残念ながら、それは嘘です」
「どういうことですか」
 カップを口元へ運ぶ手を止め、加瀨は聞いた。
「話自体は本当なんですけどね。うちの会社では、不可解な死を遂げた人は四人ではありません。私の知る限り、十人はいます」
「本当ですか」
 思わず加瀨は驚きの声を上げた。
 だが、店員や客の視線を感じたことで、咳払いをしながら椅子を引いた。同時に、彼女が場所と時間帯を指定した理由を理解した。こんな話であれば、会社のそばで話せるわけがない。同じ職場の人間に聞かれでもしたら一大事だ。
「はい、本当です。会社では隠蔽しているんです。こんなことが発覚すれば大騒ぎになるので」
 冷静に語る美奈を見ながら加瀨の脳裏には、山根の顔が浮かんできた。彼は身分を広報部長と言っていた。広報部と言えば、会社を世間から守る盾のような存在だ。いいニュースであれば得意気になってマスコミの前で話すが、逆の場合だと最悪だ。上の人間から無理難題を突きつけられ、自分の意志は発することは許されず、問題に関して一切無関係であるにも拘わらず、カメラの前で反省と謝罪の言葉を語り頭を下げなければいけない。社内の事情を知らない世間からは、主犯格のように批判の矢面に立たされる損な役回りだ。話している時の山根の様子を思い返すと、お世辞にも仕事が出来る人間には見えなかった。上の人間には何も言えないくせに、下の人間には強く出ているようなタイプに感じた。年齢もいっていることから、会社側が仕方なく与えた役職なのかもしれない。
「となると、他の件に関しても刑事事件にはなっていないと言うことですか」
 そう思いながら加瀨は聞いた。
「えぇ、もちろんです。事故や急死として片付けられています」
 美奈は頷く。
「ちなみに、その亡くなった方を教えていただきたいのですが、いいですか。差し障りのない範囲で構わないので」
「はい、構いませんよ」
 美奈は頷くと、携帯を取りだした。データを送ってくれるという。どうやらあらかじめ用意していたらしい。すぐに加瀨の携帯にデータは届いた。
 早速確認してみると、確かに不可解な死ばかりだった。三十代の人間が心臓発作を起こしたり、自宅の風呂で溺死したり、雨で濡れた路面で足を滑らせ転倒し頭を強打したり、階段から転落したりと、首をひねりたくなるものばかりだった。こんな死が一年の間に続発しているのだ。
 確かに、これが世に出れば会社にはあらぬ噂を立てられるだろう。四件でさえ、ブログでネタにされているのだ。新聞社からすればきっと痛くもない腹を探られ、ただでさえ悪い評判がより悪化してしまうことは確実だ。
「なるほど。これが隠蔽されているとなると、働いている方からすれば穏やかじゃありませんね」
 データに一通り目を通すと、加瀨は顔を上げた。死が拘わる話であれば、いくら上層部が箝口令を敷いたところで意味などあるはずがない。ネットに出ていないだけ奇跡と言えよう。
「えぇ、そうなんです」
 美奈は頷く。
「ですから、大半の人は真剣に退社を検討しているんですよ。いつ自分が同じ目に遭うかわかりませんからね。それに、社員の中には悪ふざけをしている人がいるので。わざとあの画像だって言って、似たような画像を作って見せ回っている人もいるんです。そのせいで会社に来なくなった人もいるくらいです」
「それは悪質ですね」
 加瀨の顔は険しく変わる。
「えぇ、そうなんです」
「ちなみに、そちらの従業員の中に内部のネタを外に漏らす方っていますか」
「そんなことはないと思いますけど」
 意図がわからなかったのか、美奈は眉をひそめた。
「それは、あなたが知らないだけじゃありませんかね。というのも、そちらで亡くなったさつきさんからうちの従業員が、あの画像を転送されていたんですよ。しっかりと画像にまつわる都市伝説を聞かされた後で」
「その方はどうなったんですか」
 美奈は聞いてきた。
「残念ながら亡くなりました。つい先日のことですがね」
 結果だけで加瀨は詳細を省いた。
「そうでしたか。それはお気の毒です。ちなみに、画像はどうなっているのかご存じですか」
 決して同情の表情を見せることなく、美奈は聞いてくる。
「それは、わかりません。亡くなった授業員によると、画像を見た後で削除したと言っていただけなので。もし画像を持っていたとすれば、必ず見せびらかすと思うので、持っていなかったと思います」
「となると、まだうちの会社にあるわけですね。早いところ、何とかしないと」
 美奈は厳しい表情を見せた。
「もしかして、あなたはあの画像を探しているんですか」
 彼女の表情からそう推察すると、加瀨は聞いた。
「はい、そうです」
 美奈はあっさり認めた。
「と言っても、記事にしたりネットに載せたりしようと考えているわけではありませんよ。そんな稚拙なことには興味がないので」
「では、どうするつもりなんですか」
 目的がわからず加瀨は聞いた。美奈の様子からもネットに投稿するのではないかと感じたのだ。ネットに一度投稿されたものは完全に消し去ることはほぼ不可能だ。投稿した本人が削除したところで、運営会社にはログとして数ヶ月間残る。また、気になった投稿であれば、個人的に保存する人だっている。その人が再投稿すれば、再び日の目を見ることになる。こうなるともう手に負えない。この画像であれば、説明を付ければ話題を集めることは確実だ。たちまち拡散されていくことは容易に想像が付く。話を追いかけているものの、加瀨はこの展開は望んでいなかった。
「画像を処分したいんです」
 加瀨の不安を美奈はあっさりと一蹴した。
「今、うちの会社ではあの画像により混乱が生じています。仕事にも多大な影響が出ています。欠勤する人が増えて慌てて派遣を雇っているんですけど、仕事のわからない人ばかりなので、なかなか仕事が終わらないんです。こんな職場では、仕事の能率が低下していくばかりです。その現状を変えたいんです」
「なるほど。そういうことですか」
 加瀨は納得した。自分にも近い状況だったため、共感できた。
「ちなみに、さつきさんの使っていたパソコンに入っているデータって、どうなっているんですか」
 映画館から出て来た中年夫婦がそばの席に座ったことで話はやや中断したものの、落ち着いたところで加瀨は話を再開した。
「それでしたら、データは全て削除したという話です。パソコン自体も地下で眠っています」
「そうですか」
 データの完全削除は不可能と言われているが、使用していたパソコンが地下で眠っているのであれば中身が流出することはないだろう。
「それって、さつきさんが亡くなってすぐに取った処置なんですか」
 念のため、加瀨は聞いた。
「いいえ、それが違うんです。さつきさんが亡くなった後、少し状況を調べていたので。この処置が執られたのはその後です」
「期間は、どれくらい空いたんですか」
「多分、五日くらいだと思います」
 天井を見ながら少し考えた後で美奈は答えた。
「一応、その間パソコンには触れないように言い渡されていたんですけど、仕事が始まれば人の動きなんて見ていませんからね。夜なんて人が少なくなるわけですし、社員の間では見て見ぬ振りだってするでしょうし。使っていた人がいたとしてもおかしくはないと思いますよ」
「そうですか」
 加瀨の顔は曇る。記者とはネタに飢えている。世間の話題をさらうようなネタであれば、何であれ食いつくはずだ。もしもこのネタに食いつく記者がいれば、取り返しの付かないことになってしまうかもしれない。
「こうなったらもう、新潟に行くしかないのかもしれませんね」
 不安と闘っていると、美奈がポツリと呟いた。
「どういうことですか」
 気を取り直して加瀨は聞く。
「この元となっている事件は新潟で起こっているんです。そうなるともしかしたら、原因は新潟にあるんじゃないかと思うんです。土地に伝わる儀式とか、そういうものが。でも、私一人で行ったところで何も出来ないでしょうし。取材なんてしたことがので」
「そういうことですか」
 内容を理解し加瀨の顔つきは変わる。警察には現場百回という言葉があると聞く。もしかしたら、この怪異に関しても同じ事が言えるのかもしれない。
(なら、帰ったら提案してみるかな。新潟行きを)
 秘かに決意を固めると、加瀨は美奈と別れ会社へ戻っていった。


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