また始まるために〜集客20人への道〜

 「おつかれす!」

 その声に僕は振り向いた。
 駅の改札を出たところで、僕らは待ち合わせをしていた。
 

 相変わらずスリムな体型を維持しているトキオを見て、僕はこの自粛期間に少し腹周りに肉をつけてしまった自分を戒める。

 ひさしぶりに一緒に食事でもということになった。
 誘ったのは僕だ。

 いや・・誘ったというよりは僕のストレス解消に付き合ってもらったというほうが正しい。

 ひさしぶりに再会した僕とトキオは店に入り、これまでよりも少しゆったりとしたスペースが確保された客席に腰を下ろしメニューに目を通した。

 メニューに並ぶ料理はどれも美味しそうなものばかりだ。海鮮料理。すこしだけお高いけれど、普段不摂生な食生活を送る僕らだから、余計に心が踊った。

 僕らは「成功」という場所から最も遠い場所にいた。
 30歳をとうに過ぎ、だからといって重ねた年齢の分だけ状況がよくなっているのかといえばそうでもなく、ただ単に刻一刻と減っていくだけの「残り時間」に身を委ねているにすぎなかった。

 「未だ何者にもなれず」
 そんな言葉がふと頭をよぎる。

 いやそうじゃない。
 それが僕の肩書であり、いつも傍らにあるものであった。

 
 お互いの近況報告は決して明るいものばかりではなかった。
 もしかしたらその内容自体は10年前とそう変わらないのかもしれない。
 変わったのはたぶん、「残り時間」だ。

 注文した料理が運ばれてくる。
 料理とともに届けられる何とも言えない良い香りで、僕らは一瞬で笑顔を取り戻した。
 

 今日の料理のオーダーはトキオに任せることにしていた。

 刺身、蟹味噌、ホタテバター・・
 
 もしかしたら分不相応な、贅沢すぎる食事だったかもしれない。
 それでも今日は背伸びした。
 とても美味しかった。

 
 素晴らしい食事は人を笑わせるのだ。
 きっと音楽と同じように。

 
 
 会話を続けながら、僕は同じバンドのメンバーとして一緒に音を出していた頃のことを思い出す。
 
 もう10年も前のことだ。

 彼は・・トキオはbassistだ。
 いまも昔もこれからも。
 きっとそれは変わらないし変わらないでいてほしい。

 トキオは活躍するべき人間だと思う。
 ちゃんと陽のあたる場所で、スポットライトを浴びるべきだ。   

 もしも僕が頑張って何かが手に入るのなら、その時はやっぱりトキオと一緒に何かを掴みたいと思った。

 僕はふと自分の手のひらを見つめる。
 いくつかのチャンスがこの手の中にあった。
 
 チャンスは確かに巡ってきていた。
 そしてこれまでだってチャンスは何度もあった。

 
 手を伸ばせなかったもの
 チャンスと認識することさえ出来なかったもの・・

 そんなチャンスたちにも、そろそろ「最後の」という枕詞がついてもおかしくない頃合いだ。

 ただしこのチャンスをモノにできたとき、この「最後のチャンス」は「始まりのファンファーレ」に変わる。

 僕がやるべき事はたった1つ。
 「20人集客する」ということだ。

 ずっとずっとほぼ無観客のような状態で続けた演奏活動。
 それでも書いて書いて、書き溜めた楽曲たち。

 
 それらが間違いじゃなかったと、未来で自分に、そしてトキオに言ってやりたい。

 また始まります。

 よかったらこのドラマ。
 付き合ってやってください。

 まだまだ、僕の一存では公表できないことばかりなのですが、とりあえず冒険の始まりです。

 かつて書いた小説の続きを、現実の世界で描くときが来ました。

 途中からトキオも参加して、そして仲間が増えていたらいいな。

 応援して下さい、とは言いません。

 目が離せない冒険を魅せられるように、走るだけです。
 どうぞよろしくお願いします。

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