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題名のない今日



東京で季節外れの桜の花が咲いたらしい


イチョウ並木の明るい黄色が
空の青さを一層際立たせていた
その日は朝から雲ひとつない快晴で
11月には似合わないくらいあたたかい日だった

惰性で見ていた小さな画面の向こうで
話すどころか会ったことすらない男性が
花束に囲まれた娘の前で涙を流していた
気づくと私も泣いていた
愛する人に先立たれる辛さはどれほどなのだろう
愛してくれた人を残して旅立つ時 どんな気持ちだろう
残される方と残してしまう方
一体どちらの方が辛いだろうか

この世は悲しみと幸せが
ちょうど半分ずつで出来ていると思う

近所のケーキ屋さんに
好物のモンブランを買いに行く途中で
真っ黒な犬を連れて歩く初老の女性とすれ違った
その女性は遠目から見ても
すぐに穏やかな人柄なのだと分かった
すれ違いざま、その女性に声をかけると
傍らに寄り添う小さなパートナーを見つめながら
とても嬉しそうな表情を浮かべていた


「撫でてあげてください」
微笑むとはきっと、
こういう笑顔のことを言うのだろうと思った

柔らかな黒い毛並みをそっと優しく撫でると
その小さなパートナーは
すごく幸せそうにこちらを見上げた
私も自然と笑みがこぼれた

ありがとうございましたと伝えると
「また撫でてあげてくださいね」と
まるで明日も会えるかのように
そう言い残してゆっくりと去っていった



幸せが落ち葉のように
ふわりと私の足元に舞い込んでくるように
悲しみというものも
ある日突然やって来るときがある

遠くなってゆくその背中をしばらく見つめてから
イヤフォンを耳に挿し直して
私はまた歩き始めた


もしもあの笑顔が最後だと知っていたなら
私はなんと言葉をかけただろう


緩い坂道を下り終わった時
振り返るとあの小さな背中はもう見えなかった

足元に落ちてきた
綺麗なイチョウの葉を見つめながら
お元気でと心の中で呟いた



イチョウの花言葉:長寿






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