#56 無知の知

新卒一年目の後輩がいる。真面目でいいやつだが、一つ問題がある。

全然わかっていないのにめちゃくちゃいい顔で返事をするのだ。

「見積もりを出すときはこうやってやるんだよ。提出よろしくね!」「はい、わかりました。」

その時、彼の目はまっすぐ私を見つめていた。気負いすぎず、リラックスしすぎず、ベストなパフォーマンスが発揮できるのはきっとこれくらいの程よい緊張感があるときなんだろうな、と思わせるようないい表情だった。

瞳の奥の力強さはどこだか、恩師の最後の言葉を深く胸に刻み、新しい冒険へと踏み出していく勇者のようだった。彼はゆっくりと仕事を再開させた。お客さんから見積もり漏れのクレームが入ったのはその3日後だった。


なんでやねん。


関西に住んだこともない私が素でその言葉を叫んだのは初めてだった。理由を問うと、結局提出の仕方がよくわからず、そのまま放置したとのことだった。

誰もが忙しくバタバタしている職場ではあるので、わからないことが聞き辛いのは確かにわかる。すごくわかる。むしろ一回の説明で理解して実践できる人の方が少数派かもしれない。

しかし、如何せん表情が良すぎるのだ。せめて60点くらいの表情でいて欲しかった。それならまだ様子を察知して対処ができる。120点の顔を炸裂させるのはやめてくれ。


と、皮肉を考えながらふと自分のことを省みた。私は普段どれくらい物事を「わかっている」のだろう。コミュニケーションを円滑に進めるために、腑に落ちない、理解できないところがあっても、わかったような顔をしてはいないだろうか。

「よくわかんないけど、めんどくさいからとりあえず納得しておこう」というように、その不理解を自己で認識できているうちはまだよい。厄介なのは、それを繰り返すうちに自分の中で、何がわかっていて何がわかっていないのかがわからなくなることだ。下手すると全てわかったような気になってしまう。あまりにも愚かな状態だ。

もしかしたら、何もわかっていなかったのは私の方なのかもしれない。こういった投稿で持論を垂れ流している時点で、あたかも物事を理解して悟っているかのような錯覚に陥ってしまっているのではないか。

他人のことをどうこう言う前に、ちゃんと自分のことを見つめ直そう。きっと、自分で「わかっている」と思っているほどには、私はこの世の中のことを理解できてはいないのだろう。私はまだ何も知らないのだ。


ただ一つだけわかるのは、理解できていないときに120点の表情で返事するのは絶対よくない。

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