野球部に入ったら、人間の目が正面に位置していることにちょっと感謝し、言い回しの3塁コーチャーは仕事をせず、虚無の謝罪を天に向けていた。
私は中学生のとき野球部に所属していました。
この部活には「メンタルと時間を無駄に消耗する」独特な言い回しのルールがありました。
こんにちは
野球部では「野球部の先輩や学校の先生と対面したら、立ち止まって大きな声で挨拶する」というルールがありました。
お世話になっている人に挨拶をすることを習慣とする意識自体はとても良いことだと思います。
しかし、当時の私にとってはとても苦痛なルールでした。
なぜなら挨拶の言い回しが「ちは〜〜っす!」だったからです。
普通に「こんにちは」とは言いません。
もしかしたら「こんにちは」でも良かったのかもしれませんが、先輩もみんな「ちは〜〜っす!」を使っていたので、その伝統の流れに逆らえませんでした。
野球部の仲間同士で歩いてるときであれば、先輩に会った時でもみんなで「ちは〜〜っす!」と言えるので、まあそんなにダメージは無いのですが、野球部以外の友達と歩いてる時に先輩に会ってしまうと一人でいきなり「ちは〜〜っす!」と言わなければなりません。
これ、めちゃくちゃ恥ずかしいです。
一緒にいる友達には「なんで挨拶そんなに変なの?」って言われますし。
だから、教室を移動するとかで先輩と遭遇する可能性があるときは、先輩に気づかないようにしていました。
人間は目が顔の正面に位置していますが、そのおかげで視野を狭くしながら生活することができました。
もし人間の目が草食動物のように顔の横に位置していたら、嫌でも先輩の存在に気づいてしまうので、大変だったと思います。
まあ、それでも部活の先輩は同じ道を歩んできた人なので、ある程度理解があるから挨拶の相手としてはまあマシです。
でも、部活と関係ない先生にも「ちは〜〜っす!」って言うのはもう意味不明ですよね。謎の言い回しだし、無駄に大きな声だし、間延びしてるし、何より言わされてる感満載の挨拶なんですもん。
挨拶って本来されて気持ち良いものなのに、する方もされる方も得しないという不思議なシステムが構築されていました。
ちなみに、遠征試合があるときは、部員は地元の駅で集合するのですが、その集合場所がなぜか改札の内側でした。
そして、後輩は先輩が改札から駅に入ってきた瞬間に全員で大きな声で「ちは〜〜っす!」という儀礼がありました。
みんなで一斉に発声するので、かなり大きな声になっていました。
しかも、声が重なることで「ムォ〜〜ン」みたいな謎の音に変わっていました。
週末の駅の改札内にいる「ムォ〜〜ン」という謎の騒音を発する坊主頭集団。あれ、駅の人たち迷惑だったろうなあ…
お願いします
「お願いします」は練習はじめにグラウンドに入るときや、対戦相手と試合前に整列したときに使います。
「こんにちは」を「ちは〜〜っす!」などと言う部活は、当然「お願いします」も普通に言うことができるわけありません。
「お願いします」は「おっしゃ~〜っす!」でした。
しかも、試合前の整列などで、みんなで揃えて挨拶する場合は、「気を付けぇ~、礼ぇ~」とキャプテンが詩吟みたいな言い回しで号令をかけます。
さらに、極めつけは「タメ」が存在するんです。
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キャプテン「気を付けぇ~、礼ぇ~(ここで全員お辞儀して、顔を上げる)」
…(顔を上げてから2・3秒の沈黙)
全員「おっしゃ~〜っす!」
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相手はこの儀式の間、黙って見てることしかできません。
多分初めて対戦する相手は、沈黙してる間「え?なに?この時間帯なに?」って不安になってたと思います。
ありがとうございました
「ありがとうございました」は、練習終わりにグラウンドに向かって言ったり、試合終わりに相手に対して使う挨拶です。相手に対して感謝の意を伝える重要な言葉です。
クドいようですが、「こんにちは」を「ちは〜〜っす!」、「お願いします」を「おっしゃ~〜っす!」などと言う部活は、当然「ありがとうございました」も普通に言うことができるわけありません。
「ありがとうございました」は「あ~と~ざした~」でした。
感謝の気持ちがこれっぽっちも伝わりませんね。
この言葉も、みんなで揃って言う機会があるのですが、やっぱり
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「気を付けぇ~、礼ぇ~(ここで全員お辞儀して、顔を上げる)」
…(顔を上げてから2・3秒の沈黙)
「あ~と~ざした~」
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のルーティンでした。
ものすごい尺を使っているのに、伝わる感謝はゼロ。
空虚な所作。コイキングの「はねる」の方が有意義。
世の中には 「あざっす」という崩れた言い回しがあります。
あれは丁寧さにはかけますが、「ありがとうございました」というより時短でコミュニケーションができます。
表にしてみると上記のような感じで、一応トレードオフの関係ができています。
では、「あ~と~ざした~」はどうでしょう?
最悪ですね。
「あ〜と〜ざした〜」は「~」の部分が妙に長いせいで「ありがとうございました」って普通に言うより時間かかるんですよね。
なのにちゃんと発話しないから丁寧さにも欠けます。
この比較表をみて「あ〜と〜ざした〜」を採用する人はおそらくいないと思います。
私の部活に表を作って比較検討できる部員が一人でもいれば、「あ〜と〜ざした〜」の採用は防げたのかもしれません。
一方で、こんな比較表を作っている野球部には入りたくありませんけど。
そんな野球部に転換期が
そんな妙な伝統があった野球部ですが、私が中学2年生の時に伝統の言い回しを一新する機会が訪れました。
突如、3年生と顧問の先生が「時間がかかりすぎている」という話をし始めたのです。
ああ、やっと気づいたのですね。
まず「気を付けぇ~、礼ぇ~」からの沈黙時間をなくすことに。
と、同時に「気を付けぇ~、礼ぇ~」という間延びした号令も「気を付けっ!礼っ!」というメリハリの利いたものに変更しました。
ここまで、なかなかいい感じですね!
そして、こうなってくると、「おっしゃ~っす!」や「あ~と~ざした~」も手を入れたいですよね。当然、手を入れました。
なんということでしょう。
「おっしゃ~〜っす!」は「しゃす!」に。
「あ~と~ざした~」は「した!」になりました。
とんねるずかよっ!(そしてこのツッコミはさまぁ〜ずかよっ!)
我々の挨拶は最終的に「気を付けっ!礼っ!しゃす!」と「気を付けっ!礼っ!した!」になったのでした。
短縮のし過ぎ。明らかな暴走。もうちょっと手前でストップしておけばいい感じだったはずなのに、言い回しの3塁コーチャーは何をしていたのでしょう?
あ、ちなみに「ちは〜〜っす!」はそのまま継続でした。
すみません
最後は謝り方についてです。
野球はミスのスポーツと言われることもあるように、練習や試合でミスが良くでます。普通の中学野球レベルでは尚更です。
で、ミスをした時は謝ることになっていたのですが、皆さんお分かりの通り、「ちは〜〜っす!」を「しゃす!」に、「おっしゃ~〜っす!」を「しゃす!」に直すような部活は、当然普通に謝れるわけがありません。
例えば、私が守備で悪送球をしてしまった時、チームメイトから「ちゃんと投げろよ!」という叱咤が飛びます。それに対して私は「すみません」と言います。
そしてその後、改めて一呼吸おいて、帽子を取って深々とお辞儀をしてから顔を天に向けて、
「さっせ〜〜ん」
と、大きな声で言います。
いや、「さっせ〜〜ん」is 何?
悪送球はなるべくしたくないですが、してしまうことはあります。
それに対して「ちゃんと投げろよ」と周りが言うのもまあ、わかります。
ミスしたら「すみません」と謝るのも流れとしては当然です。
でも
「さっせ〜〜ん」is 何?
その前の「すみません」の時点で一連のやりとりは基本的終わっているはずです。
なのに、その後にやたら時間をとって「さっせ〜〜ん」と言う。何?
この「さっせ〜〜ん」は誰に向けて謝っているのでしょう?
天に向かって言っているから、野球の神様?それとも明日の自分?過去の自分?前前前世の自分?
誰に向けて言っているとしても、謝るんだったらちゃんと「すみません」て言えますよね!
「さっせ〜〜ん」ってなんすか、かえって逆撫でしますわ。
しかも、ゆっくり「さっせ〜〜ん」なんて言ってる時間があったら「なんで悪送球したのだろう?」とかミスの原因を考えたりする事ができるのに、その時間を無にする「さっせ〜〜ん」。
もしかして「さっせ〜〜ん」は「すみません」ではなくて、「考えさせん」の「さっせ〜〜ん」なのかも?
それともミスしたから自ら「左遷」することを、ちょっとポップに宣言している?
なるほど、それなら納得…いきませんわ!
ああ、なんだかあの頃「さっせ〜〜ん」を聞かされていた周囲の人達や天から見守っている方々に申し訳なくなってきました。
そして、ヘンテコな文化に違和感を抱きながらも、当時それを変えようとアクションを起こさなかった自分がとても情けなく思えてきました。
この場を借りてお詫びさせてください。
さっせ〜〜ん
いつもありがとうございます!