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中小企業に必要な3つの承継

■事業承継を取り巻く日本の環境

『大廃業時代の足音 中小「後継者未定」127万社』。この言葉を新聞の一面(2017年10月6日付日本経済新聞)で目にした時、私は大きな衝撃を受けました。
経済産業省によると、2025年に6割以上の経営者が70歳を超え、中小企業の127万社で後継者不足となり、このまま問題を放置していると、「大廃業時代」を迎え、約650万人の雇用と約22兆円に上る国内総生産(GDP)が失われる恐れがあるということです。
日本のすべての企業のうち、中小企業が占める割合は99%。労働者の70%は中小企業に勤務しています。中小企業経営者の平均引退年齢は「67.7歳」というデータがあることから、まさに今、事業承継が急務となっているわけです。
20年ほど前までは、事業承継といえば親族内承継が当たり前で、後継者の確保は比較的容易でした。しかし、少子化の影響もあり、そもそも引き継ぐ子供がいない、あるいは子供がいても事業や経営に興味を示さないといった理由で後継者の確保も難しくなっています。
「多様化」が叫ばれる時代にあって、子供たちのキャリア観も多様化してきました。経営者である親も、子供の職業選択を尊重し、事業承継を無理強いしない傾向が見てとれます。「家業」という風潮が薄れた今、代わりに社内承継や第三者承継が半数以上を占めているのが現状です。
中小企業の中で1番の経営課題は事業承継とされている中で、この課題を解決するために政府のみならず産業界を上げて様々な支援策が用意されています。事業承継の方法を指南する文献も数多く世の中にありますが、既存の文献の多くは後継者不足などの一般的な事業承継の課題を指摘するか、有形資産の譲渡などの会計的な処理の具体的な手続きを解説したものにとどまっているように思います。

■資産承継ではなく、事業承継をするために
私がコンサルタントとして様々な経営者にお会いする中で、事業承継について多くの方が”大きな誤解”をしているのではないかと思うことがあります。その誤解とは、“事業承継”=“資産承継”、いわゆる株式などの資産を承継すればよいという考え方です。
なぜそのような誤解が広まっているかというと、1つ目は「資産の承継以外、必要性が認識されていない」ということ、2つ目は、事業承継の対策をする際に相談する相手が金融機関や税理士である場合が多く、お金に節税に直結する提案が多くなっているということ、3つ目は、そもそも資産承継以外の承継に関するサービスを提供する専門家が少ないということです。
先述のとおり、「大廃業時代」の要因は、資産承継の失敗ではなく後継者不足、つまりうまく経営が承継できていないことにあります。
事業承継として経営を承継するためには、「資産の承継」に加えて、「考え方の承継」「人脈の承継」の3つを果たすことだと私は考えております。特に、金融機関や税理士からは提案がされにくい「考え方の承継」や「人脈の承継」について、きちんと準備・計画をしていくことが、これからの時代はとても重要になるでしょう。
今回は、まだ日本で用語として広まっていない「考え方の承継」や「人脈の承継」についても触れながら、どのような視点を持って具体的に取り組めばよいのかについて、お伝えしたいと思います。

■事業承継の全体像を把握する
事業承継を実行するためには、準備の段階から全体像を把握して検討することが大切です。
下記の図は「事業承継の流れ」です。ステップ1~ステップ3で分類していますので、まずは大きな流れとポイントを押さえておきましょう。


◇ステップ1は「現状分析」です。
自社の現状を分析して、事業承継を始める前の準備をする段階です。事業承継の目的は「事業」を承継することです。経営者交代後も企業が成長発展できるか、社会に貢献し続けることができるかを考え、自社にとっての課題を「見える化」することがポイントです。
◇ステップ2は「後継者の選定」です。
経営者から後継者へと事業を引き継ぐためには、当たり前ですが、「後継者」が必要です。中小企業で同族経営の場合は、ご子息などが承継する「親族内承継」が一般的ですが、親族内で適任者がいないというケースの場合は「親族外承継」をすることもあります。「親族内」、「親族外」のどちらの場合でも、経営者が一方的に決めるだけでなく、後継者候補の方の同意をもらうことがとても重要になってきます。
◇ステップ3は「承継計画の作成」です。
私は、事業承継をしっかりと行う場合、7年~10年ほどの期間が必要だと考えています。そのためにも中長期的な承継計画を考えることが重要です。計画がないと承継が場当たり的になり、承継すべきものに抜け漏れがあったり、時間が足りず承継しきれないものが出てくる可能性が高くなります。
承継計画のポイントとして、①資産の承継(株を含めた事業資産の承継)、②考え方の承継 
③人脈の承継 ④後継者育成(次世代幹部の育成)の4つの切り口で考えると良いと思います。
事業承継の大きな流れは今説明した3つのステップとなります。
皆さんの会社は、ステップ1、ステップ2、ステップ3のうち、どれぐらいできているでしょうか? ぜひ、経営者の方は自分の引退したい時期から逆算をして、準備を進めて頂ければと思います。それでは、次から、各ステップについて具体的に説明をしていきます。

■事業承継の流れ ステップ1「現状分析」  
始めに取り組むべきことは、会社の現状を把握し、分析することです。
具体的には、①事業価値の分析、②資産の現状把握、③問題点の整理の3つをすることです。
【①事業価値の分析】とは、外部環境の分析、自社の強み・弱みを整理し、「後継者に引き継いだあとも企業としての強みが維持できるか」ということを考えることです。
事業承継は、経営者が交代して完結するものではありません。むしろ、経営者交代後も企業が成長発展し、社会に価値を生み出し続けて意味があります。
大企業であれば、経営者の交代が数年に一度の定期的な出来事であり、組織形態も強固であるため、極端に言えば、経営者の交代は企業活動に大きな影響を与えないかもしれません。
しかし、中小企業にとっては、経営者の交代は数十年に一度の出来事であり、組織のトップが代わることで組織としての一体感を失い、企業の成長を望むどころか、今後の方向性を見失うことも十分にありえます。そのため、事業承継を機会に、「経営理念」「会社の存在意義」「創業当時の想い」「会社の方向性」を見直し、十分に検討することが必要です。
現経営者の方は、事業承継を機会に、
・今の会社の事業は、10年後、20年後も価値があるものか?
・今の企業の強みはどこにあるか?その強みは経営者交代後も維持できるものか?
・経営者が交代した際に起こる変化はなにか?(特に、経営者交代後に起こりうるリスク、弱くなる部分はなにか?)
などを考えて整理すると良いと思います。事業承継後もお客様に価値を提供し続けることができるか、お客様から選ばれ続けることができるのか。その質問に対して、「10年後は今の事業ではお客様に選ばれない。経営者が交代すると、事業価値がなくなる」という結論がでるのであれば、私は今の資産や事業、人材を活かしてくれる企業へM&Aしてもらうことや、「廃業」という選択も考えるべきだと思います。もちろん、まずは自社の事業価値を維持したまま、どうすれば事業承継ができるかを考えることが大事ですが、経営者としては何が世の中のために一番良いかを考えておく必要があります。

【②資産の現状把握】とは、経営者名義の事業用の土地・建物、個人保証の有無や債務残高なども調べておくことです。会社の資産がどれぐらいあるか、株の状況はどうなっているか。そして、それらを引き継ぐ場合、譲渡していく場合にどれだけの費用がかかるかをきちんと整理しておくことです。また、専門家に現時点の株式の評価額を出してもらい、経営者の持株数と、それ以外に誰がどれだけの持分を保有しているのかを調べ、一覧にして整理しておくとよいでしょう。
後継者に経営権を譲る際、重要なものの一つとして挙げられるのが株価対策です。
株価対策にはさまざまな方法があり、調達資金、税金、相続に与える影響も異なってきます。金融機関や税理士などの専門家に相談し、いくつかの方法でシミュレーションを行った上で、それぞれの会社に合った最適の方法を検討することが大切です。
資産の承継に関しては、金融機関や税理士からアドバイスを受けて対策をとっている企業も多いと思います。まだなにも確認をしていない企業の場合は、まずは顧問税理士の方に相談すると良いと思います。
【③問題点の整理】とは事業承継の障壁となる問題点の洗い出しをすることです。
事業承継を始める前の準備段階から、事業承継の障壁となる要因や心配事を全て洗い出すことで、それらに対する対策を講じることができます。
中小企業の場合は、経営者が何から何まで1人でやっていることも少なくありません。現経営者の仕事内容や社内での役割なども、本人や周囲の人に聞き出し、「見える化」しておくことが重要です。【①事業価値の分析】の際にもお伝えしたように、「経営者が交代した後も強みが維持できるか?」ということを考えることが大切です。
個人のカリスマ性に任せた現経営者のやり方を後継者に求めるのは難しいため、その場合は社内体制や組織を見直し、後継者の負担を抑える対策を練ることも必要となります。

問題点を整理するための切り口としては、次のようなものがあります。
□ 次世代に向けた改善点、方向性の検討
・現在の経営状況を分析できているか? ・将来に向けた改善点や方向性は定まっているか?
□ 環境変化の予測と対応策・課題の検討
・経営環境の分析と変化の予測ができているか? ・重点課題の優先順位は決まっているか?
□ 中長期ビジョンと目標設定
・中長期的な方向性、経営ビジョンはあるか? ・会社のあるべき姿をイメージできているか?
□円滑な事業承継に向けた課題の整理
・後継者を中心とした新経営体制(経営チーム)について考えているか?

事業承継を始める前に、一度問題点については整理をしてから始めてみてください。
事業承継は社内の経営幹部にも話すのが難しい、とてもデリケートな問題でもあります。経営者1人で悩んでなかなか整理できない場合は、コンサルタントのような相談相手と一緒に取り組むことをお勧めします。


■事業承継の流れ ステップ2 「後継者の選定」  
現状分析の次にやるべきことは、「後継者の選定」です。先述しましたが、日本国内の企業で約65%が後継者不在で悩んでいます。後継者を確保するのが難しい時代において、どのように後継者を選ぶか、そして育成していくかはどの企業にとっても大きな課題となるでしょう。
また、後継者候補がいれば、それで良いということでもありません。経営者の方からよく聞くのは、「兄弟の中で、誰に引き継げばいいか迷っている」、「息子はいるが、能力的に経営を任せるのは難しいと考えている」、「後継者候補はいるが、借金が多くて引き継がせたくない」等をという話です。後継者を選定するには、①「後継者候補を決める」 ②「後継者に経営者としての能力があるかを見極める」 ③「後継者に同意を得る」というプロセスが必要です。

①「後継者候補を決める」
まずは後継者候補がいるかどうかが大事です。同族経営の場合は、最初に親族内に候補者はいるか探します。親族内にいない場合は社内外から後継者候補を探すことをしなくてはいけません。
社内の後継者候補としては、番頭格の役員や優秀な若手役員・従業員などが考えられますし、社外の後継者としては、取引先や銀行からの招聰も考えられます。近年では、事業承継のために、後継者候補をスカウトするという方法も増えています。

②「後継者に経営者としての能力があるかを見極める」
経営者としての能力は何を見るかというと、経営という独立した仕事「会社の方向付け」「資源の最適配分」「人を動かす」ということができる人物かを見極めることです。
知識面や経験値については、現時点で備わっていなくてもあとから身に着けることも可能です。大事なことは経営者として会社を引っ張っていくための、覚悟がもてる人物か、現経営者の考え・想いを引き継いでくれる人物かなどを見極めることです。

③「後継者に同意を得る」
後継者候補が決まり、能力的にも問題ないという状況になった後にやることは、後継者候補本人へ同意をもらうことです。
当たり前ですが、後継者候補本人が引き継ぐ気がなければ、承継は成立しません。
同族経営で、ご子息に引き継ぐ場合は、ある程度の時期から「いつか自分の親の会社を引き継ぐかもしないな」と考えている可能性もありますが、親族外への承継の場合は、全く考えていないと思います。親族外へ承継する場合は、特に、会社の安全性、将来性をきちんと伝えた上で、話を進めていかなくては、引き受けてくれることは難しいでしょう。
後継者の意志をコントロールすることは難しいですが、経営者として後継者が引き継ぎたくなるような、魅力のある会社(安全性が高く、将来性もある会社)にしていくことを常に心がけなくてはいけないと思います。


■事業承継の流れ ステップ3 「承継計画の作成」
事業承継のステップ3は承継計画を作成することです。
承継計画のポイントは、①資産の承継 ②考え方の承継  ③人脈の承継 ④後継者育成 という4つの項目をしっかり考えることです。
計画を作成し、事業承継のスケジュールを「見える化」することで、経営者と後継者で共通の認識をすることが大切です。事業承継というのは、リレーのバトンパスのようなものです。バトンを渡す側の経営者と、バトンを受け取る側の後継者のタイングが合わなければ、上手く承継はできません。経営者と後継者の認識のズレを無くし、スムーズな承継を実行するためにも、「承継計画」は大切なのです。
実際に、承継計画を考える際、どこに注意して計画作成すればよいかをお伝えしていきます。

<①資産の承継>
資産の承継では、事業承継のステップ1「会社の現状分析」で【資産の現状把握】で整理した資産を、いつ、どのように承継するかを決めていきます。
特に「自社株」に関して、後継者に集中的に保有させるよう計画を立てることが重要です。経営者が保有している「自社株」について、後継者へ引き継ぐための準備・計画をしておかなくては、相続財産として後継者以外の親族に相続され、「自社株」が分散してしまう可能性があります。そうなると、経営方針などの意思決定がスムーズに行われなくなる可能性や、「株式買い取りを請求される」ことや「株主総会が混乱する」、「100%保有でないとM&Aがやりにくい」という問題も起きることがあります。
そうならないように、「自社株」の承継については、しっかりと準備・計画を立てましょう。

後継者に持たすべき自社株の割合については、株の保有割合によって何ができるかを把握したうえで検討すると良いと思います。
【株の保有割合によってできること】
1.株保有割合100% ⇒ 代表取締役が100%の株を保有すれば、会社の全ての事を決定できる。
2.株保有割合3分の2以上 ⇒ 株主総会の特別決議ができる。(取締役の解任、合併や解散、定款変更 など)
3.株保有割合2分の1以上 ⇒ 株主総会の普通決議ができる。過半数であれば会社で一番の権力をもつことになるが、単独では特別決議ができない。
4.株保有割合3分の1以上 ⇒ 特別決議を単独で阻止することができる。

中小企業の場合、経営に関する重要事項を単独で決定していくために、後継者へは3分の2以上の株を保有させるべきだと思います。ただ、たとえ少数株主でもその気になれば会社経営に水を差すことも可能です。私は、後継者にすべての権限を持たせたいのであれば、100%保有を目指すべきだと考えます。


どのように自社株を移すかについてですが、方法は大きく3つに分かれます。

【自社株の渡し方と気を付けたいポイント】
①生前贈与で承継する方法
生前贈与は、現経営者が事業承継の実行状況を確かめながら進めることができるので、事業承継では生前贈与が基本になります。ただし、一度に贈与を行うと多額の贈与税がかかるため、最終的に承継する自社株の数と金額を計算して、計画的に行うことが必要です。

②相続で承継する方法
相続で承継する場合には、「遺言書」の作成と相続税の対策が必要です。後継者に自社株などを確実に相続させるためには必要なのが「遺言書」です。特に、相続人以外の後継者には、遺言書がないと自社株が残せないので注意が必要です。

③売買による承継方法
後継者に資金があれば、自社株を買い取るという方法があります。売買による承継の場合、現経営者に、自社株の売却益(儲け)に対して約20%の所得税がかかります。
この方法のメリットは、生前贈与や相続での承継のように、他の相続人と財産の取り分で争う心配がないことです。生前贈与や相続で他の相続人の相続分を超えてもらう場合には、他の相続人の承諾が必要になってきます。
③の売買による承継方法の場合、売却価額によっては、別途贈与税がかかる場合もありますので、税理士などの専門家に相談しましょう。

<②考え方の承継>
事業承継後の会社の在り方については、基本的には後継者に一任するべきですが、会社の根幹部分である「なぜ、この会社を立ち上げたのか」「何のために存在する企業であって欲しいか」という経営理念は次世代にも承継していくべき内容です。
事業承継と同時に経営理念まで変わってしまっては、その会社の存在意義がなくなり、まったく別の会社となってしまいます。
考え方の承継というのは、「創業時の想い」「会社の存在意義」「お客様に対する考え方」「従業員に対する考え方」「クレーム対応に関する考え方」「リスク管理に関する考え方」「新事業に関する考え方」など、これまで経営者が経営をしてきた中で大切にしてきた【判断基準】を承継することです。

◇考え方を承継するためには、まずは、経営者の考え方を明文化することです。
多くの企業で「経営理念」などは明文化されていると思いますが、「お客様に対する考え方」「営業に関する考え方」「新事業に関する考え方」という細かい考え方には、経営者の頭の中にあるだけだと思います。社員全員に経営者の考え方を浸透させることは必要なくても、後継者へはその考え方をしっかりと引き継がなければなりません。
なぜなら、考え方=【判断基準】は会社経営にとって「羅針盤」のようなものであり、外部環境が大きく変化していく世の中において企業が目指すべき方向へ進んでいくために必要だからです。事業承継をしてしばらくの間は、経営者が舵をとった方向に進んでいくことで問題はないかもしれません。しかし、環境が変わり、自分の向かう方向が分からなくなった時、判断基準が承継されていないと、羅針盤なしで航海するようなものです。事業承継後も、成長発展を続け、良い会社にしていくためには、この「考え方の承継」こそ力を入れるべきポイントだと考えます。

◇明文化した後は、経営者から後継者へ何度も意識を伝える。
考え方を明文化しただけでは、後継者へ考え方を承継したことにはなりません。やはり何度も何度も、経営者から後継者へと語りかけ、意識として伝えていくことが大切です。
具体的には、経営の現場で起きている現象を取り上げて、「この時、なぜこのように判断したか」を伝えていくことだと思います。それを繰り返し行うことで、経営者の考え方が後継者へと引き継がれていきます。考え方を伝えるためにも、私は、後継者にすると分かった段階から、「経営判断をする場へ後継者を同席させる」ということをお勧めしています。
また、バトンタッチ後も1年か2年は並走期間(経営者は代表取締役会長に、後継者が代表取締役社長という2人が代表権を持つ状態)を設けると良いと考えます。そうすることで、自動車教習所の教官と生徒の関係のように、何か後継者が判断を間違いそうなとき、隣で現経営者がブレーキを踏むことが出来ます。

<③人脈の承継>
人脈の承継は大きく分けて2つあります。1つは、社外の取引先との関係づくり、具体的には、銀行、仕入先、販売先との関係づくりです。大企業であれば、会社の信用力が高いため、経営者が交代することで取引がなくなることはほとんどありません。しかし、中小企業の場合は、経営者の信頼=会社の信頼、という部分も大きいため、後継者に代わった途端に取引関係に変化があるということも珍しくありません。
全ての取引先への人脈作りをするというのは難しい場合でも、特に重要なお客様、仕入先、銀行などとの関係性を維持するためにも、早い段階から顔をつないでおくことは大切だと考えます。

もう1つ大事なことは、社内での人脈の承継です。
経営者が交代しても、その会社で働く社員は変わりません。後継者へ承継をした際に社員からの信頼を得らえるように、バトンタッチする前から社員と後継者の信頼関係を気づいていくことが重要です。特に、経営者と一緒に経営に携わってきた経営幹部と後継者の信頼関係を作ることが、大きなポイントになります。
理想の関係性は、経営者引退後も、後継者の支えとなって、一緒に経営に関わり、力を貸してくれる関係になることです。
経営に携わらなくても、会社に残り、同じ方向を向いて会社のために仕事をしてくれる関係なら良いと思います。
一番良くないパターンは、経営者が引退後、古参幹部が後継者の抵抗勢力となってしまうことです。そうなるおそれがある場合は、現経営者は、自身の在任中に現経営幹部と話をして、自分(現経営者)が退任する前か同時に退職してもらえるよう花道を作っておくことも検討しなくてはなりません。古参幹部と後継者との関係改善という社内の問題に時間を使うのは、非常にマイナスです。そのようなことを事前に防ぐためにも、社内の人脈承継について計画を立てることが重要です。
<④後継者育成>
承継計画を作成する中で、最後のポイントは後継者の育成です。
先述した「資産の承継」「考え方の承継」「人脈の承継」と並行して、後継者の育成を行う必要があります。
◇ 後継者が身に付けておきたい能力として、具体的には以下の6つがあげられます。
(1) 経営の基礎知識・財務知識
(2) 現場理解、数字から現場で起きていることを推測する力
(3) 社内外の人脈(③の人脈の承継)
(4) リーダーシップ(部下からの信頼)
(5) 経営者としての志
(6) 先代の経営への理解・共感・感謝(②の考え方の承継)
これら6つの能力を身に着けるために
「現経営者が直接教えること」「外部研修を活用すること」「社内で実務を通じて身につけること」「後継者が自ら考えて・学んでいくもの」という切り口で育成計画を考えることと良いでしょう。
(1) 経営の基礎知識・財務知識のような体系的な知識やスキルは「外部研修」で身に着けることは可能ですが、(4)~(6)のようなものは、外部研修に出しても身に着くものではありあません。
「うちは後継者育成をしています。」という企業様の話を聞いても、「後継者スクール」「経営大学」のような外部研修に1年~3年ほど通わせただけのものが多いと感じます。
もちろん、基本的な経営知識を身に着けることも大事ですが、それ以外にも後継者育成のためにやらなくてはいけないことが多くあることを知って頂きたいと思います。

◇後継者育成と同時に大事なことは、後継者を支える次世代幹部の育成です。
現経営者を支えていた幹部社員が残るケースもありますが、基本的にその方々は後継者より先に引退を迎えます。そうなることも見越して、後継者と同世代の幹部候補の育成も計画的に行う必要があります。経営者を支える幹部の年齢として、私は前後7,8歳ほどの方が良いと考えています。(経営者が40歳であれば、33歳~47歳ぐらいまでの方)
一度後継者と次世代幹部の候補が決まったあとは、次世代経営チームで、中期事業計画を策定すると良いでしょう。計画そのものの妥当性・質ももちろん重要ですが、それ以上にこの計画を作成するプロセスの中で、自分たちで会社を経営していくという当事者意識を醸成することが大きな目的です。
早い時期から取り組むことで、次世代経営チームの中期事業計画の作成を、現経営者と現経営幹部陣にフィードバックをしてもらうこともできます。フィードバックをしてもらうことで、次世代経営チームの経営力も上がり、考え方も現経営者に近づいていくことができます。

■最後に
承継計画については、「承継カレンダー」というものを作り、①資産の承継 ②考え方の承継 ③人脈の承継 ④後継者育成 については「見える化」することをお勧めしています。
年表に添って整理することで、経営者の引退時から逆算し、後継者にはいつまでに何を引き継ぐ必要があるか(何を経験させるのが良いか)、後継者をどのように育成するか、後継者を支える次世代幹部をどのように育成するかを1つのシートで確認することができます。
作り込んだ承継カレンダーであれば、会社の幹部や取引先(銀行など)にも共有することで、事業承継後の経営についても安心してもらえる要因になります。

多くの経営者にとって、「事業承継」は未経験のものです。
私個人としての考えですが、「経営者としての評価は、自分が経営をしている時に会社を発展させて50点。後継者を育成し、事業承継をして50点。合わせて100点満点」だと考えます。

皆様の会社が、現経営者がいる時に「良い会社」となり、次の世代になった時、「さらに良い会社」へと発展していくように少しでもお力添えができれば幸いです。

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