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【エッセイ】第一希望選手「ガザニア」

 突然だが、私はお花屋さんが好きだ。一度入店すれば、玄関にはあの花を、出窓にはこの花をと、飾った光景を思い浮かべるだけで楽しい時間を過ごせてしまう。

 花を選ぶ間は、書店で本を選ぶように店内をぐるぐると歩き回る。そのため、店員からは「冷やかしか?」と怪訝な顔をされることもしばしばだが、楽しくてこの時間はやめられない。

 その日は、義母へ贈る花を選びに出かけた。彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながら、店先の花を眺める。これについては、前日から目星をつけていたため、ほぼ迷わずに決まった。

 さて、ここからが本番だ。「我が家へ飾る花ドラフト会議」が私の中でスタートする。このドラフト会議では、仲間たちと共に我が家を彩る最高のメンバーが選出されていく。
 まず第一候補「切り花」から
①カーネーション、②トルコギキョウ、③ガーベラ、④バラの四名を選ぶ。彼らは形や華やかさも然ることながら、色の展開が多いことが候補選出の理由だ。

 そして、選考基準の大きな比重を占めるのが、その日の天気と私の気分。
今日は雲一つない快晴、私の気分も上々である。

 さて、選考にあたり過去のドラフトでの傾向を分析すると、第一候補である切り花たちの選択率が高いため、私の顔を見た彼らは期待に胸を膨らます。しかし、その日はなぜか店先に並んだ「鉢植え用苗」にも目が留まる。彼らは「広告の品」と書かれたプラカードとともに、笑顔でこちらを見ている。

 そこで急遽、第二候補として「鉢植え用苗」からも選出を決定した。
候補者は、①サフィニア、②ジニア、③トレニア、④ガザニアの四名。
彼らも可愛さはもちろんだが、育てやすさや開花期間そして価格を考慮しての選出だ。

 まずは、第一候補と第二候補の中から一名を選び出す。例のごとく店内を歩き回り熟考する。すると、ひと際すてきな笑顔のガザニアに心奪われ、彼らの前にしゃがんだ。そして、決め手は店員から掛けられた「この花かわいいですよね」の一言。満面の笑みで勝負にかかる彼らに、「ですよね」と答えると「ガザニア」を指名した。

 しかしである。彼らに決めはしたものの、ガザニアの中にも個性豊かな面々が揃っている。彼らの中から最優秀者として誰を選ぶか、ここで最終審査が始まる。

 第一候補は、①赤、②黄色、③オレンジ。花径六センチほどの大輪に、夏の花と呼ぶに相応しい鮮やかな単色の三名。
 第二候補に、①黄色と赤②白とピンク③オレンジと赤。こちらも花のサイズは同じだが、花びらの真ん中に縦のラインが入り、夏らしいストライプ柄のミックス三名。

 最終審査ではあるが、もう入店からはかなりの時間が経過しており、店員の顔色を伺いながら検討を重ねる。自宅のプランターに彼らの並ぶ姿を想像しては迷う。候補者すべてが可愛すぎるのだ。店先で悩んでいると、そこへ仲良さそうなご夫婦が現れた。

 そのご夫婦がどの花を選ぶか気になり様子をうかがっていると、まっすぐにガザニアへ向い、「すみませーん」と店員を呼んだ。迷うことなく「このミックスを全部ください」と言うと、店内へ。

 「え?全部」と思うと同時に思い出した。彼らは「広告の品」のプラカードを掲げていたではないか。「ミスった」と思ったが、時すでに遅しである。迷いながらも第一指名として呼び声高い彼らを、あっという間に連れ去られた。

 それを期に、のんびり選んでいる暇はないと危機を感じた。次の瞬間に私の中に直感の女神が降臨する。そして女神はこう言った。
「この単色オレンジのガザニアをくださーい!!」と。

 そうなれば早いもので、そそくさと支払を済ませると彼らを連れて帰った。家に着くと、車の移動で少し疲れた彼らを日陰で休ませ、急いで居場所となるプランターを整えた。

 まずは、快適に過ごせるように栄養たっぷりの土を敷き、優しく彼らを座らせる。そしてそっと土を掛け、「お疲れ様」と声を掛けながらたっぷりの水で英気を養ってもらう。ホッとため息をつき少しの間彼らを眺めると、「また明日」とリビングへ戻った。

 翌朝は彼らの様子が気になり、いつもより早く目覚める。瞼をこすりながらベランダへ出ると、疲れた様子だった彼らは元気を取り戻しお天道様に向かって笑顔の準備をしていた。

 「今日は暑くなりますよ」とのお天気キャスターのコメントを思い出し、暑くなる前にたっぷりのシャワーを浴びてもらう。すると、お天道様のあたたかさと比例し、彼らの笑顔も花開いた。

 しかし、我が家を彩るメンバーとなった彼らの笑顔をどう守り抜くか、それは私のマネージメントにかかっている。だとすると、これまでのマネージメント経験を活かし、彼らのサポートをしていかなければならない。ならば、「早起きは苦手」などと弱音を吐いてはいられない。これから私の朝は、忙しくなりそうだ。


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