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夢帰行10

遙の病院2

 滅菌服を全身にまとった清美が、扉の向こうでこちらへ来るように合図している。
幸江と仁志が看護師に目を向けると頷いていた。
無言のまま清美のいる扉に近づくと、清美に付き添っていた看護師が内側から横にスライドさせて扉を開け、二人が入るとすぐに扉を閉めた。
扉は二重構造になっていて、病室はもう一つ扉の向こうだ。
二つ目の扉の前で全身をエアーで消毒し、靴を履き替え、マスク、帽子と滅菌服を身に着けるのだ。
看護師の指示に従い、着用状況を確認されると、ようやく次の扉の中に入ることが出来る。

 無言のまま清美の後を付いて行き、二つ目の病室の前に立った。
「病室の中には入れないの」清美が言うと、二人は無言で頷いた。
ガラス張りの病室の外から覗くと、六畳くらいの部屋の真中に遙が寝ていた。
酸素テントなのだろうか、遙の寝ているベットごとビニールのカーテンに包まれている。
そしていろんな機械が遙の身体につなげられ、ベットを囲んでいた。
窓際には清美が寝るためであろう簡易ベットが置かれ、その上には遙が元気な時に遊んだであろう玩具が山積みされていた。

この部屋で清美と遙は何日も生活していたのだろうか。

 遙は青白くなった下膨れの頬を時折ひくつかせながら寝ている。
抗がん剤の副作用で身体は異常に太り、髪はすべて抜け落ちている。
苦しそうな息遣いが聞こえてきそうだった。
自由に動けず、息をするのがやっとの状態の我が子を目にした仁志は、思わず息を飲んだ。
幸江は手で口を押さえ、嗚咽を飲み込んでいる。

 離婚した後、仁志は努めて清美と遙を他人と思うようにしてきた。
だが、ガラス越しに見た我が子の変わり果てた姿に、親としての感情が沸き上がってきていた。

二年前、遙の白血病を知った時、「厄介なことになった」と思っていた。
それは、まだ結婚する前に清美から妊娠を告げられた時と同じ程度のことであった。
自分の思う通りに進まないことが厄介なことなのだ。
仁志には考えたストーリーがあったが、自分の考えた脚本通りに進まないことが面白くなかった。

 清美に妊娠を告げられ、すぐに結婚し、遙が産まれた。
それから二年半で白血病に罹患し、そしてさらに二年経って仁志の目の前で苦しそうに身体を横たえている。
「あの時、堕胎していれば・・・」
清美の希望を叶えるため、少し違ったストーリーを歩み始めたものの、子供の可愛らしさに「これも悪くないな」と思ったりもしていた。
だが、今の遙を目にして、こんなことになるなら・・・と思わずにはいられなかった。


 

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