『パラサイト』モノクロ版で共感力メーター振り切れた

カラーとモノクロの両方を観て感じたことをサクッと書きます。

ポロリとネタバレするかもしれないので、嫌な方はスルー推奨です。
もうすぐPrimeで見れるようになるもんね!
抽象論しか語らないと思いますけれど。

モノクロ上映観てみたいと思ってた!という方も、先入観無しで楽しんでいただくのがよいかなーと思いますので、いち映画好きとして、スルー推奨にしておきます笑


では、ポロリもあるよ、を掛け声にいってみましょう。


タイトルだけ読むと、共感しまくった、みたいになっちゃいますね。
でも違うのよー

あのね、結論から言うと、

モノクロの方が、なんか上手く受け止められなくなっちゃいました笑

ストーリーという文脈への感覚はさほど変わらないんだけど、受け止め方が全然分からなくなってしまって。いくつか思い当たるフシがあるので、まとめてみます。

根本的に、2回目なので、そりゃ違うんですけどね、そこは差し引いて。


◇カラー版鑑賞から価値観が変化した

カラー版を観たのは1月31日、モノクロ版が6月8日。ざっくり4ヶ月くらいの開きですね。この4ヶ月、色々あったじゃないですか。個人的にも、すごく考えさせられることの多い時間でした。

この映画のコアには、富裕-貧困に代表される諸々の格差に対してのメッセージというか、意図が大きいのだと解釈しています。
(言葉にすると軽すぎて嫌気がさしますね。)

僕自身は、生活水準とか安定性で分類すれば"坂の上に住んでいる"側なのかもしれないけど、感受性はもうちょっとフラットなつもりでした。
それもあってか、前回観た時はもう少しシンプルに捉えられた感覚だったんですが。


ただ、この4ヶ月は、あまりにもこの映画に通底するテーマを考えさせられる時間が長かった。

もはや僕の中での、同テーマへの感受性はすっかり変化してしまって。
というか、正確に認識させられてしまった感じ。眼前に突き付けられました。

フラットなつもりだっただけで、結局、自分の体感が得られていない部分への感受性は持ち合わせていないのだ、と。

見せかけの共感性が失われたことで、主人公家族の感情・思想のトレースが極めて難しくなってしまった。持ち合わせる共感力をフルパワーで回しながら観る羽目になりました笑
アニメなら走ってる足が360°回るようになる描写。


◇視覚情報が減った影響は想像以上に大きい

そりゃそうよね、それが狙いでしょうから。
色が失われることで、視覚的なコントラストが強くなった部分が多くて、対比で描くこの映画にはフィットする視聴体験の提供方法だと感じました。

実際にコントラストが生じる部分と、脳内で補完することで擬似的に強調される部分があります。おそらく後者は個人差がありそう。

半地下の壁の色。庭の緑の鮮やかさ。雨の夜の街灯の色。
個々人がそれぞれに脳内彩色すれば、映るイメージは結構変わってきそうです。


くすんだトーンが印象的な最序盤の半地下シーンから、空に近い豪邸を中心に、明るさと勢いのある展開の前半シーン。夜と雨が映像からコントラストを奪い、一気に空気を変える中盤シーン。混乱と焦り/鮮やかな日常との明確なコントラストを、多面的に重ね合わせるクライマックスシーン。

色彩を欠くだけで、こんなにも演出にフォーカスできるのかと驚きました。


ただ、人も含めて色彩が失われているので、これも感情・思想のトレース難易度を強めていた気がします。
フルパワーで回した共感力をもう一段ブーストした感じですね。
アニメなら走るのが速すぎて足が渦になっちゃう描写。


◇ネイティブの言語感覚が分からない

字幕版ですので、音声は韓国語です。
前述の2項の通り、感情を読み取るのに、少しでも情報がほしいところです。

でもなんだか、字幕って心許ないというか、英語に付いている日本語字幕の微妙なニュアンスの違いを知っているじゃないですか。

きっと、情報量が減ってしまっている。だけど、韓国語は一切分からない。

そこのストレスを結構強く感じたのが印象的でした。

僕は英語なら75%くらいは聞き取れるくらい、字幕なしでもギリいける感じ。普段の映画視聴で、聴覚情報からの補完に結構頼っていることを知りました。


また、ネイティブ感覚と言えば、韓国の文化や詳細な経済情勢もあまり知らないですから、その点でも受け取り切れていないですよね。これはもはやカラーかモノクロか関係ないんですけどw


そんなこんなで、僕の共感力メーターは完全に振り切れてしまい笑
どう受け止めたものか、なんだかサッパリ分からないぞ、とポカン顔で映画館を後にしました。


◇じゃあ観る価値が無いの?

いや、そんなことはない。
ちょっとここまでの書き方がアレでしたよね、すんません。

僕の映画視聴スタンスとして、

・クリエイターの意図を、自分なりに解釈したい
・登場人物の感情/心を、自分なりに追体験したい

という意識がめちゃくちゃ強いのです。
それが共感力のアクセルを踏む要因になっているので、今回のようなケースに繋がるのだと思います。

途中、2項目めに記載した通り、モノクロになることで浮き彫りになる質感は独特の味があります。
そして、ここ数ヶ月の間、僕らが直面してきた問題を経て、
この映画から受け取る情動が異なるものになっている可能性は大きいのではないかと思います。
(多分、この文章をここまで読まれるような方なら。)


なお、映画館でモノクロ映画を観たのは、今回が初めてです。
それなりに映画好きなんですが、それでもなかなか機会に恵まれなかったので、きっと皆さんもほとんど機会が無いのでは?

この観点からも、視聴体験としての鑑賞はアリだと思います。
映画館も苦しい中での営業でしょうから、応援する意味でもいかがかしら。

レイトショーはほとんどやってないでしょうし、いつまで公開しているかも分からないので、なかなか難しいかもしれないですけどね。

もし観たよ、って方はぜひコメントくださーい。
この投稿見たから、観てきたよ、って方とかが出てきてくれたら最高ですね!


ではでは、ちょっと最近ウチのセンサーライトが調子悪いんで、根本のとこ見てきます。

お相手は わたくし
納木 まもる でした。

次回も楽しんでもらえますように。

読んでいただいてありがとうございます。貴重な時間をいただいていることは自覚しつつ、窮屈にならない程度にやっていきます。