まほろばの鬼と化す
「大軍だ!軍勢が果てなく続いている!」
物見櫓の看守は慌てふためき、転げ落ちんばかりの勢いで駆け戻ってきた。
人馬の鳴動、鳥の狂鳴、獣の咆哮が地鳴りの如く押し寄せる。大地の震動は刻一刻と強さを増していた。
やがて遠く彼方の草原が夥しいまでの漆黒を成して東の地を埋め尽くす。
朝廷がこれまでに差し向けてきた軍勢は何とか撃退してきた。しかし今日の軍勢はこれまでの比ではない。
ついに来たか……。
変わりゆく大地の暗転を睨んだ。
迫り来る黒波の広がりは兵力の甚大さを物語る。
我が軍の三倍…五倍……それ以上か。
いつかは大軍が押し寄せて来ると思っていたが、予想を遥かに超えている。
「近隣からの援軍はまだか!」
兵士の焦燥は極致に達していた。
「まだ影も形もありません!」
軍全体に悲壮感が漂う。
「どれほど軍勢が多かろうと物の数にあらず!我らには、たたらより生み出されし黒鉄がある!」
「さよう!木石など相手にならぬ。朝廷軍だか知らぬが蹴散らしてやろうぞ!」
「今こそ我らが力を見せる時だ!」
ふと周囲を眺めた。
たたらの炉が見える。
重労働だが、皆と毎日のように働きながら笑い合った。
田畑が見える。
米を収穫しながら握り飯を食べて、『刈り取った分、全部食うてしもた』などと戯れ言を言いながら汗を流した。
この国に来てから、どれほど皆の世話になったか知れぬ。言葉も通じず、どこの馬の骨か分からぬ我を温かく迎え入れてくれた。
「この戦に勝ち、此処を真のまほろばの地と致そうぞ!」
兵士達は皆笑っていた。
この地を誰もが笑顔で暮らせる理想郷とする夢。
もはや我のみの夢ではなく、此処にいる皆々の夢になったということか。
口元が綻ぶ。
「近隣から援軍が到着しました!」
「よおし、鉄の刀剣をありったけ用意せよ!真っ向勝負だ!」
迷う余地はない。
愛する第二の故郷。
必ず勝ち、この地をまほろばとしようではないか。
皆と共に。
【続く】
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