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自然の変化に気づくことができるまち

前編はこちら↓

 山の中のぽつんと一軒家が自然の変化に気づくには一番いいのかも知れないが,そもそもそれだとまちじゃない。まちは人が住むところだから我々が便利なようにしてもらわないと困る。なので便利な日常生活の中で変化に気づくようなきっかけをまちの中に散りばめておく。そのきっかけとはちょっとした違和感だと思う。違和感があることで立ち止まり,空を見上げ,耳を澄ます。そこで今自分のいる環境を確認できる。

 ちょっとした違和感とは,真ん中に木があって道路はその木を避けるように曲がっている,というのが例になる。道路を通る人はその木のことが気になるだろう。調べてみると近くの神社の御神木だった。その神社はこの地域で長い歴史があって・・という感じでまちのことを知るきっかけにもなる。周りのコンクリートのスマートな橋の中にひとつだけある鉄骨が絡み合ったような塗装の厚い橋はまちの人や物の流れの証人だし,宅地開発の中残された平原はまちの災害の歴史である。

 ということは,早いスピードで変化する毎日の中でのちょっとした違和感とは,古いものということになるだろうか。変わらないものを残しておくことで住んでいるまちの素性を伝えてくれる。それをきっかけにまちのことを知る。とにかくまずは自分の住むまちのことを知るということが一番大事だと思う。変わらないものが日々の変化を教えてくれている。

 まちの古いものを残すという点で土木工学の果たす役割は大きい。明治の近代化から150年以上,戦後でも70年以上経って社会インフラは相当に古い。すでに遺産に指定されているような構造物もある。社会インフラは現役でこそ意味がある。最新のものよりも便利さは少し落ちるし,前の投稿に書いたように1日づつ劣化は進み,昨日と同じ今日を維持するためには大きなコストが必要になるかも知れない。だからこそ最先端技術で今あるもののさらなる長寿命化,廃止されたものの再活用を進め,我々に変わらないものを提供して欲しい。


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