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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(八九、九〇)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

八九.式子内親王(しょくしないしんのう)

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする

(たまのおよ たえなばたえね ながらえば
 しのぶることの よわりもぞする)

現代語訳

ネックレス 切れてもいいのよ このままじゃ
心もそのうち はじけて消えそう

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Should I live longer
I could not bear this secret love.
Jeweled thread of life
since you must break--
let it be now.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

jeweled / jéw・eled 宝石で飾られた
thread / θréd(米国英語), θred(英国英語)/ 糸、縫い糸、織り糸、糸のように細いもの、筋道、脈絡、生命の糸、人間の寿命、ねじ山、服

解釈

 式子内親王は後白河院第三皇女。後鳥羽院はその歌風の余情あふれる切実さを、「もみもみとあるやうによまれき」と評したが、この歌はまさにそれに当るであろう。内攻的な激情に耐えきれぬような憂悶の恋をその特色とし、忠誠女流第一の詠み手である。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 「式子」は「しきし」とも「しょくし」とも読みます。後白河天皇の皇女です。「皇女」というと華やかに思えますが、そうでもありません。立場上「独身」が当たり前になってしまうからです。



 「玉の緒」は「美しい玉をつなぐ糸」ですが、実は「命」のことでもあります。つまり、「心でもいいのよ。このままじゃ我慢することだって出来なくなるから」です。式子内親王は恋とは無縁の女性ですから、恋はしません。これは「忍ぶ恋」というテーマで詠んだだけの和歌です。でも、「それをどう考えてます?」と言われた途端、この激しさを示す人です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

「絶えなば絶えね」、「ながらへば」、「忍ぶること」とめっちゃ引きずる気持ちを引っ張った後の「弱りもぞする(~となっては困る)」、どんだけ困るっているかは伝わる。二句から四句まで、三句にかけて、重ねに重ねること、絶対失敗しそうだけど、してみようかな。そんな歌を歌会に持ちこんだら、絶対、しつこいって言われそう。

九〇.殷冨門院大輔(いんぶもんいんのたいふ)

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも
ぬれにぞぬれし 色はかはらず

(みせばやな おじまのあまの そでだにも
 ぬれにぞぬれし いろはかわらず)

現代語訳

見せたいわ 雄島の海人の 袖ならね
どんなに濡れても 色はそのまま

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

How I would like to show you ---
the fishermen's sleeves of Ojima
are drenched, but even so
have not lost their color,
as mine have, bathed in endless tears.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

drenched / drɛntʃt(米国英語), drentʃt(英国英語)/drenchの過去形、または過去分詞。(…を)びしょぬれにする、 ざぶりと水に浸す
bathed / beðd(米国英語), beɪðd(英国英語)/ batheの過去形、または過去分詞。入浴させる、 湯を使わせる

解釈

 重層性のある巧緻な歌だといえる。源重之の「松島や雄島の磯にあさりせしあまの袖こそかくはぬれしか」を本歌としつつ、複雑な内容をよく詠みおさめて、しかも流麗。小侍従と双璧の歌人として評価されたが、この歌は「根づよく詠む」と評された作風をうなづかせ、時の場の恋歌のおもしろさをみせている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 殷富門院は式子内親王の姉さんです。こちらは十歳で伊勢の神に仕える斎宮になりました。その後、甥にあたる安徳天皇の「母に准ずる存在」として皇后になり、安徳天皇が壇の浦に沈んだ後は、やっぱり甥の後鳥羽天皇の形式上の「母」になりました。源平の争乱時代に翻弄された女性で、殷富門院大輔は、彼女に仕えた女房です。
 「このままじゃ我慢出来なくなりそう」と言う式子内親王の歌は、じっと我慢をしています。その歌とペアになる殷富門院大輔の歌は、「我慢なんかしたくない!」です。「雄島」は、宮城県の松島にある島の一つで、あるいは「男」を暗示しています。「雄島の漁師の着物の袖は濡れるだろう。濡れるだけで、色なんか変わらないだろう。でも、女の私が恋のつらさで泣く涙で濡れたこの袖は、色さえも変わっている。それを見せてあげたいわ」です。「見せたい」とは言っても、「でもそれは出来ない」なので、やっぱりこれも「忍ぶ恋」です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

本歌取りすると、本歌の雰囲気と意味を持ってこれるの強い。でも、適当に一部を引っ張ってくりゃいいってわけでもない。気に入った歌があれば、ストックしておきたい… といつも思う。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。