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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(二五、二六)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定だったが、最近は週一回、必ずまとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

二五.三条右大臣(さんじょうのうだいじん)

名にし負はば 逢坂山の さねかづら
人に知られで くるよしもがな

(なにしおわば おうさかやまの さねかずら
 ひとにしられで くるよしもがな)

現代語訳

いい名だね「逢坂山のさねかづら」
それならこっそり やって来ようか

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

If the "sleep-together vine"
that grows on Meeting Hill
is true to its name,
I will entwine you in my arms
unknown to anyone.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

sleep-together / 肌を重ねる、枕を交わす、肌を合わせる、肌を合せる、同衾する、(異性と)ベッドを共にする
vine /vάɪn(米国英語)/ブドウ、つる植物、つる、(つる植物の)茎
en・twine / entwάɪn(米国英語), eˈntwaɪn(英国英語)/(…に)からみつく、巻きつく、(…に)(…を)からませる、まつわらせる、(…を)からませる、(…を)(…に)からませる、編む、織り込む

解釈

 さねかずらは美男葛(びなんかずら)とよばれている常緑蔓性の灌木。逢う坂と、さ寝かずらの掛けことばを利かして、かずらそのものに添えて贈った歌である。「来る」は当時としては男が通ってゆくことで、女の立場を中心にしたこのような表現は、当時の情況の中では普通に理解されていたのである。巧緻なことばの技巧をもった歌だが、歌の添えられているさねかずらの、絡み合った蔓の風情とともに鑑賞したであろう女の心には、むしろただちに了解される男の気持があったであろう。作者は醍醐天皇の右大臣藤原定方である。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 「手向山」の後には、「山の歌」のペアが続きます。
(略)
 三条右大臣の本名は、藤原定方(さだかた)。紫式部の夫になった藤原宣孝(のぶたか)の曾祖父ですが、しかし困った右大臣です。「逢坂山のさねかづらという名前を持っているなら」というのが、この和歌の前半です。「だからどうした?」と言いたい人は、いくらでもいるでしょう。この困った右大臣は、「逢坂山」に「逢う」を発見し、「さねかづら」という植物の名前に「寝る」の「ね」を発見したんです。「逢って寝るーーいい名だね。だったら、人に知られずあなたのところにやって来る計画を立てなきゃ。なんかいい方法はないの?」という歌です。
 この歌を贈られた女性は、逢坂山のそばにでも住んでたんでしょうか? この右大臣は、和歌と一緒に「さねかづら」を贈ったんでしょう。「花を贈る時には和歌を添える」が、当時のルールでした。でもこれ、「セクハラの歌」ですね。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

情況や背景がわかって初めて理解される「セクハラの歌」。歌を詠む時、何かを贈る時という場面で詠むこともおもしろいかもしれない。人に歌とともに、モノを贈ったことなんてない。そんな恥ずかしいことはしないけれど、贈るつもりで、詠むのはおもしろそう。

二六.貞信公(ていしんこう)

小倉山 みねのもみぢ葉 こころあらば
いまひとたびの みゆき待たなむ

(おぐらやま みねのもみじば こころあらば
 いまひとたびの みゆきまたなん)

現代語訳

小倉山 山の紅葉に わかるなら
次の行幸(みゆき)を きっと待つでしょ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Dear Maples of Mount Ogura,
if you have a heart,
please wait for another visit
so that His Majesty may enjoy
your lovely autumn colors.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

maples/ˈmepʌlz(米国英語), ˈmeɪpʌlz(英国英語)/「maples」は名詞「maple」の複数形です カエデ、カエデ材
maj・es・ty / mˈædʒəsti(米国英語), ˈmædʒ.ə.sti(英国英語)/威厳、荘厳、主権、至上権、陛下

解釈

 これは世に小一条の太政大臣と呼ばれた貞信公藤原忠平が、宇多院の大井川御幸に従った時のもの。群臣和歌を詠じ、和歌史に残る盛宴の面影は「大井川行幸和歌」として今日にある。忠平は宇多院の心を体して醍醐天皇行幸を奏請したが、この一首はその奏請歌である。明るい紅葉の余映にほてった心がいきいきと動いており、天皇もたちまち心を動かされて、翌日行幸を催した。時に延喜七年九月十・十一日のことで、二日にわたる御幸と行幸に、大井川に臨む小倉山のもみじは今日に栄光をとどめたのであった。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

「行幸(みゆき)」というのは、天皇のお出かけです。隣の家に行っても「行幸」で、小倉山に紅葉見物に行っても「行幸」です。上皇のお出かけには「御幸(みゆき)」の文字を使います。宇多上皇が小倉山に出かけて、あんまり紅葉が素晴らしいので、「ぜひとも天皇もご覧になるべきだ」と言ったんですね。忠平はその時、天皇のそばにいる侍従という役割だったんで「そうお伝えしましょう」と言って、この歌を詠んだんです。この時の天皇は、宇多上皇の子の醍醐天皇で、忠平が侍従だった時ではなくて、もっと出生して左大臣になった時の話だとも言います。上皇に言われて、「かしこまりました」だけじゃなく、こういう歌を詠んだというのが、平安時代です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

洒落たことをされる侍従。こんな人が隣にいたら、さぞ楽しかろう。中国でも詩が科挙にあったのは、こういうセンスも大事だって考えられてるからなのかしら。

『シン・ゴジラ』で、内閣官房副長官の矢口(長谷川博己)が、「巨大不明生物の活動凍結を目的とする血液凝固剤経口投与を主軸とした作戦要項”。長いですね。」「“ゴジラ凍結作戦”も子供っぽいですから、“ヤシオリ作戦”としましょう」と、さらっとヤマタノオロチ退治になぞらえた名称を出したことを思い出す。かっこいいだけじゃなく、歴史や古典の教養があってはじめて、自国の文化を大事にできるのかもしれない。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。