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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(二三、二四)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定だったが、最近は週一回、必ずまとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

二三.大江千里(おおえのちさと)

月みれば 千々にものこそ かなしけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど

(つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
 わがみひとつの あきにはあらねど)

現代語訳

月みれば なんだかいろいろ 考えちゃう
みんなのところに 秋は来るけど

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Thoughts of a thounsand things
fill me with melancholy
as I gaze upon the moon,
but autumn's dejection
comes not to me alone.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

mel・an・chol・y/mélənkὰli(米国英語), mélənkəli(英国英語)/憂うつ、ふさぎ込み
de・jec・tion/dɪdʒékʃən(米国英語)/落胆、失意

解釈

 千里は著名な漢学者大江音人(おとんど)の子であったから、漢詩文にも通暁するとともに、これを和歌の題詠の世界にも反映させる技巧を工夫したことと思われる。小野篁もそうであったし、行平中納言もそうであったが、当時の和歌が宮廷儀式の晴の場面に堪えうる文芸となるためには、こうした漢詩文の創作技法、着想などから大いに学ばねばならなかったわけで、この歌も『白氏文集(はくしもんじゅう)』の中の、「秋タダ一人ノタメニ長シ」を典拠としたものといわれる。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと
人には告げよ 海人のつり舟

一一.参議篁(さんぎたかむら)

立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば いま帰りこむ

一六.中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)

 「かなし」というのは、ただ「悲しい」だけではなくて、「胸に迫ってくる感情」です。だから「愛(かな)し」と書くと、「すごく可愛い」の意味になります。「千々にものこそかなしけれ」は、「悲しさで心が粉々になってしまう」ではなくて、「いろんなことを感じさせられてしまう」です。「わが身ひとつの秋にはあらねど」は、「私一人のために来た秋ではないのに」です。「誰のところにも秋は来る。しかし私は、月を見ると特別にいろいろ感じてしまう」で、実はこの歌、「私は違うよ」という、インテリの歌なんです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

橋本治さんのように、短く訳しちゃうと「いろんなこと」で済んじゃって味気ないけれど、「千々にものこそ」という音がいいですよね。そういう意味では、英訳の「Thoughts of a thounsand things」は訳に成功してそう。漢詩文は好きなので、白居易(白楽天)にも触れよう。

二四.菅家(かんけ)

このたびは 幣(ぬさ)もとりあえず 手向山
もみぢのにしき 神のまにまに

(このたびは ぬさもとりあえず たむけやま
 もみじのにしき かみのまにまに)

現代語訳

このたびは 幣(ぬさ)を忘れて 手向山
紅葉の錦で どうかご容赦

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

On this journey
I have no streamers to offer up.
Instead, dear gods, if it pleases you,
may you take this maple brocade
of Mount Tamuke's colors.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

streamers/ˈstrimɝz(米国英語), ˈstri:mɜ:z(英国英語)/streamerの複数形。吹き流し、 長旗
offer up/〈祈りを〉ささげる; 〈いけにえを〉供える
if it pleases you/もし気が向いたら……
ma・ple/méɪpl(米国英語), ˈmeɪpʌl(英国英語)/カエデ、カエデ材
bro・cade/broʊkéɪd(米国英語), brəʊkéɪd(英国英語)/錦(にしき)、金襴(きんらん)

解釈

 菅家、つまり菅原道真の歌である。その才を重用信頼してくれた宇多院が、奈良から吉野宮滝に出遊された時の供奉(ぐぶ)の歌だ。時は陰暦十月末であったから、紅葉はきわまって身も染まる明るさだったろう。
(略)
寵臣道真の、場を晴れやかに引き立てる手向の歌も空しく、三年の後には時平の策謀の前に失脚したのである。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

二三と二四は、「漢文学者の詠んだ秋の歌」というペアなんです。
 この和歌の「幣(ぬさ)」は、旅に出る時、途中の安全を祈って神様にささげるものです。いろんな布を細かく切って、カラフルなテンコ盛りにします。手向山は、その幣をささげられる神様が「いる」とされる山です。菅原道真は、宇多天皇の旅のお供で出発したのに、幣を忘れたんです。そして、「ここでささげましょう」という山に来た時、この歌の詠んだんです。「幣を忘れましたが、辺りは一面の紅葉や黄葉で、天然の幣みたいじゃないですか。これで勘弁して、好きなだけ(まにまに)お取りください」ーーそういう「秋の歌」なんです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

背景を知って、良さがわかる。趣深い歌というものは、だんだんと気になるようになってきたかもしれない。インテリの遊びみたいなことが鼻についてたんだと思うが、いいじゃないか! だって、言葉の遊びでしょ! それに、いろんな歌に触れるにつれて、インテリとまで思わないけど、教養も深まっていってしまう。あ、これはあの歌から、あの古典から持ってきたのね、がわかると楽しい。今、読んでる本が、いつか自分の「インテリ的な」歌にうまく取り込めますように。ま、最初はね、鼻につくと思うけど、作り慣れて馴染んでくれば、「インテリ的な」いい歌になるかもしれない。


そして、歌とは関係ないけれど…

先日、地上波で放送された『劇場版 呪術廻戦 0』を見ました。菅家(菅原道真)と言えば日本三大怨霊ですね(あとの二人は平将門と崇徳天皇)。そして、五条悟と乙骨憂太のご先祖です。

さらに関係ないですが…

「マニマニ」はハングルで「すごく」「とても」の意味だそう。あと、『MOTHER2』では「マニマニのあくま」っていましたね。「まにまに」って言いたい。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。