見出し画像

百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(三一、三二)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定だったが、最近は週一回、必ずまとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

三一.坂上是則(さかのうえのこれのり)

朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに
吉野の里に ふれる白雪

(あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに
 よしののさとに ふれるしらゆき)

現代語訳

朝が来て 有明の月と 見えるほど
吉野の里に 白雪が降る

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Beloved Yoshinoー
I was sure you were bathed
in the moonlight of dawn,
but it's a soft falling of snow
that mantles you in white.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

be・lov・ed / bəlˈʌvɪd(米国英語)/最愛の、かわいい、いとしい、愛用の、大切な、(…に)愛されて
bathed /beðd(米国英語), beɪðd(英国英語)/batheの過去形、または過去分詞。入浴させる、 湯を使わせる
bathe /béɪð(米国英語), beɪð(英国英語)/入浴させる、湯を使わせる、入浴する、洗う、(…を)(…に)浸す、(…を)おおう、(…に)いっぱいに注ぐ
moonlight of dawn / 夜明けの月明かり
mantles / 「mantles」は動詞「mantle」の三人称単数現在 /ˈmæntʌlz(米国英語)/〈ものを〉おおう,包む,隠す.

解釈

 月光を霜ではないかと疑った詩は李白にある。この一首にもその影響はあるかもしれない。詞書によれば大和国に行って一泊した朝の実感ということになる。趣き幽かな情趣中に、雪の景に向けて動く心が、声調の強さとしてあらわれている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

「夜が白々と明けてくる朝ぼらけの頃、外がなんだか明るくて ”有明の月かな” と思ったら、雪だった」という歌です。「雪と、うすぼんやりした有明の月を間違えるかな?」と思う人もいるかもしれませんが、いいじゃないですか。この歌のよさは、全体に「うっすらと白い清らかな光」が漂っていることですね。「朝ぼらけ」がそうで、「有明の月」もそうです。でも作者はそういうことをはっきり言わなくて、最後に「白雪」と、「白」を持って来る。最後に「雪は白だよ」と言われた途端、それまでの景色に突然パッと白い光がさす。下からじんわりと照らし出す雪の白さが、歌全体に間接照明を与えるみたいだから、この歌の光はとても印象的なんです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

雪が白いという大前提があるから、「白」雪は、言葉の音としての効果しかなさそうなもんだけど、五句まで、ずっと景色に焦点を当てて、最後に白の照明を当てるという橋本治さんの解説に、なるほど。

三二.春道列樹(はるみちのつらき)

山川に 風のかけたる しがらみは
流れもあへぬ 紅葉なりけり

(やまがわに かぜのかけたる しがらみは
 ながれもあえぬ もみじなりけり)

現代語訳

谷川に 風が仕掛けた 柵(しがらみ)は
流れに負けない 紅葉だったよ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

The weir that the wind
has flung across
the mountain brook
is made of autumn's
richly colored leaves.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

weir /wéɚ(米国英語), wíə(英国英語)/(水車・灌漑(かんがい)用に川をせき止めて作った)せき、ダム、(魚を取るための)やな
flung / flˈʌŋ(米国英語)/fling の過去形・過去分詞/ (勢いよく)投げる、投げ飛ばす、投げつける、ほうり出す、(…に)投げつける、浴びせる、陥らせる、ほうり込む、(…を)(ほうるように)動かしてする、急に伸ばす
brook /brˈʊk(米国英語)/小川
rích・ly/ˈrɪtʃli(米国英語), ˈrɪtʃli:(英国英語)/豊富に、豊かに、十分に、豪華に、りっぱに、濃く、鮮やかに、完全に

解釈

 これは志賀越えの歌である。いまも寂しい人気ない山路には、細谷川の景が散り積む紅葉を流しかねて、しみじみと秋の終りを思わせ顔であったのだろう。「流れもあへぬ」がよく作用して、散り果てた秋の錦に対する作者の哀惜の情をたたえている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 春道列樹は、京都と滋賀県の間の山越えの道を通っていました。山の中の川に、紅葉が一面に広がっているーーそれを見て、「これは、川の水を堰止めるために風の仕掛けた柵(しがらみ)かな」と思った。そう思ってよく見たら、「流れに負けず川面に広がる紅葉」だと気がついた。「からくれなゐに水くくるとは」の在原業平に比べればおとなしい発想ですが、川の紅葉を「風が仕掛けたもの」と見るところが、いかにも可愛いです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

こちらも、五句まで色の想像をさせない。最後にパッと色をつけるような歌。色だけじゃなく、匂いや触感を最後まで見せずに読むというのは、オチをつけるみたいな行為で、読み手に感じてほしい効果もわかりやすいし、うまくできるようになりたい。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。