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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(九一、九二)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

九一.後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
衣かたしき ひとりかも寝む

(きりぎりす なくやしもよの さむしろに
 ころもかたしき ひとりかもねむ)

現代語訳

こおろぎも 鳴くか霜夜の 冷え筵(むしろ)
着物を敷いて ひとり寝るのさ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

The crickets cry
on this frosty night
as I spread my robe for one
on the cold straw mat
where I shall sleep alone.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

crickets /ˈkrɪkɪts(米国英語)/ cricketの三人称単数現在。cricketの複数形。コオロギ
frost・y /frˈɔːsti(米国英語), frˈɔsti(英国英語)/ 霜の降りる、凍る寒さの、霜の降りた、半白の、霜白の、温かみのない、冷ややかな、冷淡な
straw / strˈɔː(米国英語), strɔ:(英国英語)/わら、麦わら、わら 1 本、(ソーダ水などを飲む時の)ストロー、わら 1 本ほどのもの、無価値なもの、つまらないもの

解釈

一首はしみじみと寒い内面の孤独を、晩秋の抒情としてうたっており、古雅にして清婉な趣きをもつ。
「さ筵に衣片敷き今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫」、また人麿の「ながながし夜」の歌などを面影として恋の余情を揺曳させる。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 「片敷き」は「片一方だけ敷く」で、男と女が一緒に寝る場合は、両方の着物の袖を重ねて敷いて、その上に寝るのです。でもそうではなく、恋人の形見の着物を抱いて寝るのでもなく、ただ独り、虫の声を聞いて寝るだけです。昔の「きりぎりす」は今の「こおろぎ」ですが、「きりぎりす」という名だと、その鳴き声さえも、なんだか切れ切れです。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

本歌取り、とまでいかなくても、有名な歌と同じテーマで、現れる単語を使う、歌の音韻を似せる、シチュエーションを似せるというやり方は、その歌の背景や情景を借りてこれるんだろう。有名な歌、覚えよう、唱えよう。

九二.二条院讃岐(にじょういんのさぬき)

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね かわく間もなし

(わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの
 ひとこそしらね かわくまもなし)

現代語訳

この袖は 引き潮無縁の 沖の石
誰も知らない 乾きもしない

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

My tear-soaked sleeves
are like rocks in the offing.
Even at low tide
you never notice them,
nor can they even dry.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

soaked / sokt(米国英語), səʊkt(英国英語)/(雨などの液体で)びしょぬれで、(…で)びっしょりで、(…に)専心して、没頭して、酔っぱらって
off・ing / ˈɔːfɪŋ(米国英語), ˈɔ:fɪŋ(英国英語)/沖、沖合
tide / tάɪd(米国英語)/潮、潮の干満、潮流、(世論などの)風潮、傾向、形勢、盛衰、栄枯、絶頂期、最悪期
no・tice / nóʊṭɪs(米国英語), nˈəʊṭɪs(英国英語)/通知、通報、告知、通知書、告知書、掲示、はり札、びら、(解雇・解約・退職などの)予告、警告

解釈

この一首「寄石恋」の題詠をこなして「沖の石の讃岐」と賞揚された。讃岐は殷富門院大輔とともに俊恵の「歌林苑」に加わった歌人である。「沖の石」という発想の斬新と、その濡れつつ思う片恋の余情には愛艶な花やぎもある。晴の恋の歌といえよう。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 「恋に泣く私の袖は濡れっぱなしで、しかも、そんなことを誰も知らない。まるで、干潮になっても姿を現さない、海面下の沖の石みたいだ」という歌で、この歌が評判になって、彼女は、「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになりました。もちろん、彼女がいつも泣いてばかりいたからではないでしょう。「いつも泣いていることの表現が巧みだ」とほめられたんですが、「いつも泣いている」が必要な時代だったのかもしれません。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

「見えぬけれどもあるんだよ、」は、金子みすゞの「星とたんぽぽ」だけれども、見えぬもの、でも、そこにあるものについて、自分を例えるというのは、想像を強いるおもしろい方法かもしれない。スマホのように機能が多いものより、時計の中のゼンマイみたいに、何か具体的な姿を想像できるものがいいかもしれない。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。