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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(五九、六〇)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

五九.赤染衛門(あかぞめえもん)

やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて
かたぶくまでの 月を見しかな

(やすらわで ねなましものを さよふけて
 かたぶくまでの つきをみしかな)

現代語訳

落ち着いて 眠れるはずが もう夜中
傾く月を 見てるかなしさ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

I shuould have gone to sleep
but, thinking you would come,
I watched the moon
throughout the night
till it sank before the dawn.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

解釈

 赤染衛門がその妹に代って、若き日の中関白道隆に贈った歌。道隆は儀同三司の母となる人を妻としたが、赤染衛門の妹ともこうしたかかわりがあったのであろう。代作のせいもあってか、長い長い待つ夜の経過を、しんねりとまつわるような上の句と、移りゆく月の経過を客観的にうたうことによって訴えている。「嘆きつつひとり寝る夜の明くるまは」と詠じた道綱の母の歌比べてみるのもおもしろい。赤染衛門の温厚な人柄が、対象と妹と双方にわたって心づかいしつつ、優しい婉曲な怨みの歌をなしたのであろう。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 この和歌は、姉さんか妹のために代作してあげたものです。彼女の姉さんか妹は、儀同三司母の夫 ー 関白道隆と不倫をしてたんですね。浮気な道隆は、「行くよ」と言って、来なかった。そのことを抗議しているのです。
 ずーっと待っているだけで、することがない。しかたなく空の月を見ていると、真上にあったはずの月がもう傾いている。満月になる前の頃でしょう。「やすらはで(落ち着かなくて)」と恨んでいるくせに、この歌には落ち着いた品がある。それは、自分のことではなくて、「他人の事件」だからでしょう。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

「寝なもしものを」という落ち着いた言い方、次の「小夜ふけて」との切り替え方、この辺が、客観的な感じを受けるんだろうか。選ぶ言葉によって、冷静に受け取られたり、歯嚙みするように受け取られたりするもんなのね。自分のことを歯噛みするような感じで詠みたい。

六〇.小式部内侍(こしきぶのないし)

大江山 いく野のみちの 遠ければ
まだふみもみず 天の橋立

(おおえやま いくののみちの とおければ
 まだふみもみず あまのはしだて)

現代語訳

大江山 生野の道が 遠いので
まだたよりない 天の橋立

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

No letter's come from my mother,
nor have I sought help with this poem,
crossing Mount Oe,
taking the Ikuno Road to her home
beyond the Bridge to Heaven.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

解釈

 和泉式部の娘として幼い頃から和歌も詠み、上東門院にはもろともに出仕していた。これは母が丹後守保昌に従い任地に赴いた留守に、歌会が開かれることになり、小式部もその作者になっていたが、中納言定頼が局に立ち寄り、代作の歌が丹後から届いたか、と戯れたのに対して詠んだ即詠。小式部はまだ十代半ばであった。定頼はその後小式部の愛人の一人となる。この歌は「文」と「踏み」との掛けことばがよく双方に作用しており、一首はさらに三つの枕詞の地を含んで旅程の道をみせるなど、おもしろみにも富んでいる。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 小式部内侍は若い頃から和歌の名手ではありましたが、お母さんがあまりに有名なので、「教えてもらってるんだろう、代作してもらったんじゃないの」という声がありました。彼女が「歌合わせ」に出席する時、お母さんの和泉式部は、夫と一緒に赴任先の丹後に行っていて留守でした。そこで意地悪なジーさんがわざわざやって来て、「大丈夫? お母さんには手紙出したの?」と、いやみを言ったんです。それで、小式部内侍はこの歌を詠みました。天の橋立は丹後にあって、大江山や生野は、その途中です。「行くのは遠いから、まだ行ってません」と言って、「まだ文(手紙)は見てません」と答えているのです。「うるさいわね、大丈夫よ」という歌です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

さらっと若い子にこんなん言われたら、ギョッとするだろう。私は短歌をはじめたのが遅いので、相手が若いからと言ってマウントが取れる要素は一つもない。謙虚に誰の歌も受け取っていこう。(自分が下手なのに、こんなん言われたら、恥ずかしくて歌会に行けなくなっちゃう)

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。