![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/139338490/rectangle_large_type_2_6b6da28b9f5efff3cd4dd29eeed8ca14.jpg?width=1200)
百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(八三、八四)
普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。
教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。
だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。
八三.皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶとしなり)
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
(よのなかよ みちこそなけれ おもいいる
やまのおくにも しかぞなくなる)
現代語訳
世の中に 道ってないんだ 考えて
踏み入る山でも 鹿は鳴いてる
英訳
There's no escape in this sad world.
With a melancholy heart
I enter deep in the mountains,
but even here I hear
the plaintive belling of the stag.
plain・tive /pléɪnṭɪv(米国英語), ˈpleɪntɪv(英国英語)/悲しげな、哀れな、泣き言を言う
stag / stˈæg(米国英語)/雄鹿、(特に)5 歳以上のアカシカの雄、(パーティーなどで)女性同伴でない男、利ざや稼ぎを目的に新株に応募する人
解釈
定家の父俊成の歌である。『千載集』の撰者である俊成は長命で、鎌倉歌壇の最長老として重きをなし、後鳥羽院から九十の賀宴を賜る栄誉をになったが、若き日にこの一首のような悩みを抱いたこともあったのだろう。多くの歌友の出家を見送りながら、俊成は二十名を越える子女を擁して、きびしい時代の過渡期をきわめて現世的な苦慮に耐えて生きぬいたといえる。
「世の中には道ってないんだ」と悩んでいます。
もしかしたら、この歌は「恋の歌」です。どうしてかと言うと、鹿が鳴くのは「恋の相手を求めて」だからです。「なんとかならないのかな」と思って、人の来ない山の中に入ったら、やっぱり鹿さえも相手を求めている――ということになったら、この人の悩みだって、「恋の悩み」かもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。「私の悩みは世間の男の悩みとは違う」と思って、人の来ない山の中に入った。そうしたら、やっぱり鹿も世間とおなじように恋で悩んでいる――それで、「あーあ、まともな生き方ってないのかな。みんな恋の悩みばっかりだよ」と嘆いているのかもしれません。これはきっと「恋じゃない悩み」のほうでしょう。
感想
世の中 "よ" 、鹿ぞ鳴く "なる" のところが今の言葉の意味合いだと変わっていて、おもしろい。 "よ" は詠歎なんだろうけど、呼びかけのように見える。文法的に間違った使い方を進んでやるわけではないけれど、詩を読んでいると、響きや字の形を優先した表現も多い。詩作したいと思う時に、短歌でそうした遊び方をしてみるのもおもしろいかもしれない。
八四.藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)
ながらへば またこのごろや 偲ばれむ
憂しと見し世ぞ 今は恋しき
(ながらえば またこのごろや しのばれん
うしとみしよぞ いまはこいしき)
現代語訳
生きてけば よく思えるのか 今のこと
いやだと思った 昔も恋しい
英訳
Since I now recall fondly
the painful days of the past,
if I live long, I may look back
on these harsh days, too,
and find them sweet and good.
fónd・ly / ˈfɑndli(米国英語), ˈfɑ:ndli:(英国英語)/優しく、かわいがって、甘く、盲信的に
look back / lóok báck / 振り返って見る、(…を)回顧する、追憶する、しりごみする、うまくいかなくなる、後退する
harsh / hάɚʃ(米国英語), hάːʃ(英国英語)/耳障りな、不快な、どぎつい、ざらざらした、荒い、厳しい、苛酷(かこく)な、残酷な、無情な、とげとげしい
解釈
そろそろ中年、というような年齢の坂で、ふと昔と今のことが思われて、心知る三条大納言に贈った歌。相互に納得のいく情況があったであろうが、いまはもっと一般的な詠歎としても共感されるところであろう。
「長生きをすれば、また今のこの時も懐しく思い出されるのかな。だって、”あーいやだ” と思って眺めていた頃の世の中が、今では恋しいもの」というこの歌は、三十歳になったくらいの頃か、あるいはもっと年を取って五十代の後半をすぎてからのものか、どりらかであると言われています。俊成の歌も清輔の歌も、なにを悩んでいるかよくわかりませんが、六条家の清輔のほうが、「ああ、そういうもんだろうな」と、悩み方がリアルでわかりやすいのは、家風の差というものでしょう。若い頃に悩んで、世の中を憎んでいた。それも、今となっては懐しい。大人になってみれば、全然違う種類の悩みがある。「これでなんとかなるのかよ?」と思うのが人生です。
感想
老境の歌のように感じるけれど、実際には、三十代に詠まれたものかもしれないという歌。現代でも、ミッドライフクライシスのように、出世競争も終わり、会社員生活も下り坂に入った時、虚しさが訪れることがある。老境の歌を、今、私の年齢(48歳)くらいで詠んでみてもいいのかもしれない。
※引用図書の紹介
『百人一首がよくわかる』
国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。
『英語で読む百人一首』
百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。
『百人一首 (平凡社カラー新書)』
馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。
いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。