見出し画像

百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(五五、五六)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

五五.大納言公任(だいなごんきんとう)

滝の音は 絶えてひさしく なりぬれど
名こそ流れて なほ聞こえけれ

(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど
 なこそながれて なおきこえけれ)

現代語訳

水音は 止んでずいぶん たつけれど
滝の名前は まだ鳴り響く

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

The waterfall
dried up
in the distant past
and makes
not a sound,
but its fame
flows on
and on--
and echoes
still
today.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

解釈

この名高い滝は大覚寺にあった。嵯峨天皇の宏壮な気宇をみせた嵯峨山荘のあとがここであるという。長保元年、道長が公任・行成・道方らを伴って紅葉の嵯峨に遊んだ時の即詠である。上半句に重なる「た」音・下半句に重なる「な」音が、声調を強め、かつなめらかにしている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

左大臣になった道長のお供をして、公任は大覚寺に行きました。その庭には有名な滝があったんですが、もう涸れてからずいぶんたっていました。そこで彼は、こう詠んだんです。「滝の音はもうずっと前に止まっている。でも、その名前だけは今でもまだ有名だ」と。「名こそ流れてなほ聞こえけれ」というところがテンポよく畳みかけて、かつてそこにあった滝の水の勢いのいい流れを象徴する歌で、意味よりもまず、言葉のイメージが重要な作品です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

英訳の詩的工夫がおもしろい。短歌も、空白や改行、句読点、ひらがな、カタカナ、漢字を使って詩的な雰囲気を出すことができるけど、詠む時は、それに頼らずに詠みたい。ピーター・マクミランさんの感じ方も伝わっておもしろい。

五六.和泉式部(いずみしきぶ)

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
いまひとたびの 逢うこともがな

(あらざらむ このよのほかの おもいでに
 いまひとたびの あうこともがな)

現代語訳

不確かな あの世に行っての 思い出に
もう一度だけ 逢ってみたいの

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

As I will soon be gone,
let me take one last memory
of this world with me--
May I see you once more,
may I see you now?

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

解釈

さまざまな人に、さまざまな恋の歌を送った和泉式部だが、この歌は重病の床からある人に送った歌。病いの重さを言外にあらわしながらうたった「あらざらむこの世のほか」という表現は、重苦しい嘆息を含み、下句にうたわれた切望の世界に真摯な詠歌を加える。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

感想

この時代、まだ来世の信仰が強かったらしいが、そこを疑ってみるということも歌に含まれている。現代の短歌であれば、この歌だけでは、陳腐かもしれないけれど、常識を疑うという要素が入っていることが、歌をおもしろくしている。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。