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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(一九、二〇)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に入ってきたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌時のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定だったが、最近は週一回、必ずまとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首、取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら、意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて見る作業は、短歌の連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

一九.伊勢(いせ)

難波潟 みじかき葦の ふしの間も
逢はでこの世を すぐしてよとや

(なにわがた みじかきあしの ふしのまも
 あわでこのよを すぐしてよとや)

現代語訳

難波潟 短い葦の 節の間も
逢わずにこのまま いろって言うの?

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Are you saying, for even a moment 
short as the space
between the nodes on a reed
from Naniwa Inlet,
we should never meet again?

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

reed/ríːd(米国英語), ri:d(英国英語)/アシ、ヨシ、アシの草むら、(屋根ふき用の)干したアシ、ふきわら、(楽器の)舌、リード、リード楽器、(オーケストラの)リード楽器部
nodes/nodz(米国英語), nəʊdz(英国英語)/nodeの複数形。結び(目)、 こぶ、 ふくれ
in・let/ínlèt(米国英語), ˈɪˌnlet(英国英語)/入り江、(島と島との間の)瀬戸、(水などの)入り口、引き入れ口、注入口、はめ込み(もの)

解釈

 一首の中で上句の情景は「短い」ということの比喩としてうたわれているのだが、難波の蘆を渡る寂しい風の音は、「短い逢瀬もなくこの夜を独り過せというのか」という訴えに抒情的イメージを加え、纏綿として哀切な下句を一瞬にして納得させるものをもっている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 住の江から、同じ大阪湾のもうちょっと北ーー淀川の河口にあたる難波潟に移ります。難波潟は、水辺に葦が生い茂っていることで有名でした。伊勢という女性は、これを題材にして、冷たくなった男への恨みの手紙を贈ります。それがこの歌です。
 葦はイネ科の植物で、茎に節があります。その節と節の間が短いことから、「節の間」は「短い間」という意味になりました。「難波潟」を言い出した伊勢は、「ほんのちょっとの間も、遭わなくていいって言うの!」と怒っているのです。「この世(一生)を過ごせ」は少しオーバーな表現ですが、実は「節」には「節(よ」)」という読み方もあるので、「節の間って言ったら、ついでに “この節(よ)“だ」ということになります。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

なんでもうまく例えたい、例えたほうがおしゃれに感じても、「短い」ことは短いって言っていいのね。それがどう短いか、例えが持つ印象がちゃんと歌に乗っかってれば。「すぐしてよとや」の響きがいい。

二〇.元良親王(もとよししんのう)

わびぬれば 今はたおなじ 難波なる
身をつくしても 逢はむとぞ思ふ

(わびぬれば 今はたおなじ なにわなる
 みをつくしても あわんとぞおもう)

現代語訳

悩んださ 今さらなにも かまわない
身をつくしても 逢いたいだけです

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

I'm so desperate, it's all the same.
Like the channel markers of Naniwa
whose name means "self-sacrifice,"
let me give up my life
to see you once again.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

des・per・ate/désp(ə)rət(米国英語), ˈdesprɪt(英国英語)/自暴自棄の、捨てばちの、無鉄砲な、死に物狂いの、窮余の、(…が)ほしくてたまらなくて、たまらなくて、(よくなる)見込みがない、絶望的な
markers/ˈmɑrkɝz(米国英語), ˈmɑ:rkɜ:z(英国英語)/markerの複数形。印をつけるもの
sac・ri・fice/sˈækrəfὰɪs(米国英語)/神にいけにえをささげること、(ささげられた)いけにえ、ささげもの、犠牲(にすること)、犠牲(的行為)、犠牲になったもの、(損を覚悟の)捨て売り

解釈

 元良親王はあの「筑波嶺のみねより落つるみなの川」をたとえとして恋をうたった陽成院の皇子である。一代の色好みとして艶名を知られたはて、宇多院の年若い妃、褒子(ほうし)と密通して事が露顕し、この歌を贈った。これもまた、前に見てきた「難波潟」や「住の江」と同じように、「身を尽し」のことばを引き出すための、「難波なるみをつくし」が、全体の中で大きな詩的役割を負っているといえる。舟路のしるべである侘しい澪標の景が、身のゆくえに対する物思いと重なり、一代の恋の結末は、まことに心尽しなものとして浮かんでこよう。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 葦の名所の難波潟には、「澪標(みおつくし)」という有名なものもあります。「水脈(みお)の串」ということで、船の進路を示すために水中に打った杭(くい)です。淀川から瀬戸内海に向かう進路を示す棒の先が水面に出ていて、それが「身を尽くし」ーー「この身を滅ぼしても」という、恋の苦しさを表現するのに使われました。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

身をつくし、身を捨てて、という言葉だけでは、強すぎる。今度は、例えが直接的な感情を和らげているのかもしれない。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。