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スカイダイビング


ゴーッと大空が声をあげた。

航空機が白い糸を引きながら、朝日が登る大空を横切っていく。
横断歩道の向こう側で信号待ちをする親子、その母親に手を引かれた小さな女の子が、可愛らしい人差し指をその音のする方へ向け、「ヒコーキ」と小さくつぶやいた。「そうね、ヒコーキね」母親がそう答えると、信号は青に変わった。
麻衣は横断歩道の真ん中あたりでその女の子と目が合い、にっこりと微笑むと、女の子もニコリと微笑みを返した。
「私にもあんな頃があったなぁ」
少し感情的になった麻衣は、この広大な敷地の入り口でたちどまった。

「遊覧航空飛行場」

そう書かれた門をぬけ、その端にある航空機格納庫へ歩をすすめる。

航空機の格納庫というものはとにかく大きい。学校の体育館の何倍はあろうか?

ゴゴゴときしむような音を響かせながら大きなシャッターが上がる。

麻衣が照明をつけると、
目の前に航空機が一機、その勇姿を見せた。

ゆで卵を真っ二つにしたものに羽根を取り付けたような不思議な機体。その愛くるしい姿から、「スカイエッグ」と呼ばれている。

麻衣はゆっくりと近づき、スカイエッグの車輪に手を触れた。
「君とも、、今日までなんだね、、、長い間、ありがとう」
そう呟き、スカイエッグをじっと見つめた。
麻衣にとって航空機は全て友達。必ず「君」と呼ぶ。

何かが胸に去来するのであろう。麻衣の瞳からポツリポツリと涙が溢れた。今はスカイエッグだけがそれを見守っていた。

「エリートパイロットもおセンチモードかな?」
手塚管制所長だ。遊覧航空の現場のトップである。
「うるさい」そう言い放ち、麻衣は手塚に背を向け、庫内の階段を上がっていく。

この時はまだ、あんな事が起こるなど想像だにしなかった。


麻衣が所属する「遊覧航空」では、このスカイエッグを使って遊覧飛行をしている。
ジェットエンジンで音速を超える飛行を経験できるというのがウリで、全盛期には同じ機が5台もあった。
しかし、「宇宙旅行」が普及するにつれ、次第に客足が遠のき、今ではこの1台のみとなった。
パイロットたちも次々とここを離れ、ついに麻衣のチームだけになってしまった。そしてついに、この機体も今日が最後の飛行なのだ。
遊覧航空も、幕を閉じる。


更衣室で、チームメイトの沙友理が声をかける
「麻衣、今日もよろしくね。楽しもな!」
「うん。」
沙友理は、これまでずっと麻衣の副操縦士としてサポートしてきた。この日を最後に、パイロットとしての活動を終えると決めている。
「麻衣はどうすんの?決まった?」
麻衣は答えない。身の振り方をずっと決められないでいたのだ。

「遊覧航空」の飛行場は明日より一般に解放され、おもに航空学校の練習や、民間の小型機用の飛行場として利用されることになっていた。
「遊覧飛行」でアクロバット的な事もやってのけるほど麻衣は操縦の腕は抜群だ。それを活かして次に進むよう周りも勧めるのだが、麻衣は内心、引退も考えていた。

麻衣はジャンパーのジッパーを上まであげ、機内バッグを持って「行くよ」とだけ言って更衣室を後にした。

格納庫からジェット機特有のキィーンというエンジン音を響かせながらスカイエッグが出てくる。コックピットには麻衣と沙友理。
滑走路の端までゆっくりと移動させる。

途中、最後のフライト後に予定されている式典の準備をするスタッフに手を振る。
その準備に追われる整備士の高山、中田らが手を振りかえした。


今日は3回のフライトを予定している。まもなく、2回目のフライトからスカイエッグが戻ってくる。

管制塔の中で所長の手塚が窓の外を見る。
「白石、またやるのか??」
麻衣は着陸前に管制塔ギリギリをかすめるのが好きだった。昔、映画でそれを見てから真似するようになったのだ。
しかし管制塔をかすめることなく、着地する。
「最後の日は大人しいんだな、、、」

着陸後、麻衣と沙友理は休憩のためスカイエッグから降り、管制塔へ向かって歩いて行く。
その姿を、管制塔から手塚は見ていた。
脇に座る管制官の生田が言った
「あと一回なんですね、、この2人のフライト、、」
手塚は少しうなづいた。


いきなり、管制塔内に警報が鳴り響いた!

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

緊急事態を知らせるエマージェンシーコールだ。

「なんだ?」手塚が生田を見た。「宇宙旅行管制からです!」「なに?何があった?」
生田は受信モニターを開く。
「つなげ!早く!」
「はい!」
モニターから宇宙旅行管制からの通信が入った。
「こちら宇宙旅行管制、宇宙遊覧船46号機が帰還経路逸脱、制御不能に陥っている模様、至急対応望む!」
それを聞いた手塚はすぐさま応える
「了解、すぐに現状までのデータをくれ!」
生田は手塚を見ながらうなづき、データモニターを開く。
「所長、来ました!宇宙遊覧船46号の位置と経路です!」
「これは、、大気圏を脱して成層圏に入ったところか!高度2万、、、1万8000、、、降下速度が速い!」
「所長、詳細です!」
「可変グライダー翼は出ている、、、しかしエンジンが起動していない、、パイロットは?」
「宇宙遊覧船パイロット、若月、桜井、両名の生体反応に異常なし、生きてます、しかし応答がない!」
「つまり気絶してる??」
手塚は青ざめた。まさか2人とも気絶なんてありえるのか?何か機体に異常が?
ひとつだけ言えるのは、このままだと確実に墜落するということだけだ。


宇宙旅行と言ってもロケットで打ち上げるようなものではなく、高度1万5000まで上昇した母船(宇宙遊覧船射出機)から切り離された宇宙遊覧船がロケット噴射によって大気圏を脱し、約5分間の無重力体験をしたのち、再度大気圏突入して帰還するというもので、今回の異常事態というのはこの帰還時に発生したものである。


「グライダー翼が出てるならすぐに墜落はないな」
「所長、私が行きます」
麻衣の声が手塚の後ろから聞こえた。
「白石!」
手塚がそういうや否や、麻衣はモニターを覗き込んだ
「スカイエッグの残燃料なら補給無しで行ける。」
「どうするつもりだ?」
「生田さん、宇宙遊覧船へ回線を繋いで!気絶してるかもしれないパイロットに声をかけ続けて!」
「わかったわ!」
「あと、所長、周辺航路を飛行中の航空機に避難をかけて!それと、消防、救急の手配!」
「お、おう、わかった」
「沙友理、行くよ!」
沙友理はうなづき、2人は管制塔を出た。

コクピットに入り、スイッチ類を操作しながら麻衣は言った。
「生田さん、聞こえる?」
「はい!良好です!」
「遊覧船の高度は?」
「現在、高度1万5000!滑空に入ってます!」
「滑空比は?」
「30!」
「グライダーなのに低いな、、沙友理、出して!」
「了解!!
スカイエッグは大空へ飛び立った。

管制塔で手塚は爪を噛みながら言う。
「白石、、勝算はあるのか??!
「大丈夫です、白石さんなら、、」

一方、宇宙遊覧船の客室内はザワつき始めていた。エンジン音が聞こえないからだ。CAの秋元と西野が客を落ち着かせようとしている。
「シートベルトをしめてください!」
「大丈夫です、みなさん、落ち着いて!」
そういう2人の足は震えていた。
「真夏、、、ホントに大丈夫だよね?」
「大丈夫、絶対大丈夫!」


「生田さん、現在高度!」
「はい!高度1万!」
「了解!」
麻衣はふーっと息を吐いた。
「降下が早い!沙友理、あと10分が勝負だよ。」
「うん、でもどうやるの?」
「グライダー飛行してるから今は大丈夫だけど、このままだと着陸に失敗する。どこかへ突っ込むかもしれない。だから、私が乗り移ってエンジンを起動させる。」
「!!そんなこと!できるわけない!」
沙友理は青ざめた。そんなのは見た事も聞いた事もない。
仮に乗り移っても、エンジン起動しなければ、着陸も危うい。

「生田さん、通信は全て開けておいて!よろしく!」
「了解!」
「沙友理、あと何分?」
「5分後に宇宙遊覧船後方につく!」
「生田さん!船の速度!」
「現在、600キロ!」
沙友理が言う。「遅いよ!こっちは音速やで!これじゃ追い抜いちゃう!」
「沙友理、いい?よく聞いて!遊覧船の後方から高度50メートル上空につけるよ。そして、こっちも速度600に合わせるよ!
「えー、失速するで!神業の域やん!」
「そしたら、私が後方のウインチからあっちへ飛び移るから!」
「!!!」沙友理は麻衣の言ってる事が信じられない感じだ。
「私が移ったら右旋回して離脱して!加速は無しよ、間違って加速したら、後方気流で私も遊覧船もろとも吹っ飛ぶから!」
沙友理は涙目でうなづく。
「沙友理、あなたならできる!インカムはずっとオンにして!聞こえる?生田さんもね!」
「了解!」生田と沙友理が同時に答えた。
「高度は!」
「5000!」
「見えた!遊覧船!距離10キロ!50メートル上につけるよ!」
「速度は!」
「750..、、700、、、650、、、落ちちゃうよぉ」
「大丈夫!落ちない!高度!」
「4700!」
「オーケー、沙友理、距離!」
「今あと6キロ!」
「50メートル上空、頼んだよ!高度4000で行くから!」

麻衣は沙友理の肩をポンと叩き、フィンガークロスを沙友理に見せ、コックピットを後にした。
沙友理はもう半泣き状態で麻衣を見ながらうなづき、前を向いて操縦桿をぐっと握りしめた。
「できる!できる!私ならできる!」

麻衣はスカイエッグ後方まで移動し、後方下部にある貨物用ハッチを開いた。目の前に大空が広がる。
通常なら貨物を引き寄せるためのウインチ、つまりワイヤーロープの端に自分の航空スーツのベルトを繋げた。
「高度!」
「4600!」
「沙友理!距離!」
「距離、1キロ!」
「早い!速度落として!」
「了解!速度630!」
「まだまだ!落として!」
「!!620!」
「高度!」
「4400!」
「麻衣!速度600!」
「オーケー!そのまま!」
「白石さん、遊覧船の速度上がってないよ、抜いちゃうよ!」
「大丈夫!沙友理!距離!」
「もうすぐ追い抜くよ!」
「高さは!」
「50メートル!」
「高度!」
「4300、、4200、、4100、、、!」
「いくよ、まってなよ、遊覧船の君!」
「4000!ジャスト!!麻衣ーーー!!」
「行くよ!!君に!!スカイダイビング!」
麻衣はスカイエッグから舞うように飛び降りた!


ウインチはそれに合わせスルスルと伸び、50メートル真下へと麻衣を落とす。
遊覧船のコクピット上部にある緊急脱出用ハッチに着地した。風圧が容赦なく麻衣を襲う。姿勢を低くし、ウインチに繋がれたフックを外し、ハッチ脇の手すりに繋ぎ直した。麻衣から離れたウインチはスカイエッグに吸い込まれていく。

「沙友理!旋回!」
「うわぁあ!麻衣ーーーー!」沙友理はスカイエッグを右旋回させ、距離を置いてからエンジンを加速させた。

それを見届けてから麻衣はハッチを開け、中へ入る。
コクピットには失神した若月、桜井がいた。2人に気付けのボンベを吸わせると、2人は無事に意識を取り戻した。
「あ、、え?白石さん!」
パイロット業界では白石は有名人だ。
「挨拶はあと!席を開けて!」
桜井は麻衣に席を譲る。
「コックピット内の気圧、酸素濃度見て」
「りょ、了解!」若月が震えながら答えた。
おそらく、何らかの異常で気圧と酸素濃度に異常があって2人は失神したのだろう。
「現在、気圧、酸素濃度に異常なし!あ、でも加圧器に警報、、」
「やはりね。いまハッチ開けたから大丈夫だけど、それが異常ならまたおかしくなるね。手動に変えるよ」
「了解、他の計器に問題無し!」
「オーケー、着陸までまかして!あと、乗客を安心させてあげて!」

桜井は客室内マイクを手に取った。
「みなさん、大変お騒がせしました、もう大丈夫です。あの白石パイロットが来てくれました!」
客室内でわぁーっと歓声が上がった。
それほど、麻衣は有名人なのだ。
その声はコックピットまで聞こえた。
副操縦士の若月が言う。「さすがです。」
「まだ、着陸してないよ、油断したらダメ」

管制塔では、手塚がホッとした表情を見せていた。
「所長、白石さん、やりましたね。」生田がそう言うと、手塚は「まだまだ、着陸までは。」
2人は窓の外を見た。
通信が入る。
「管制塔、こちら白石、着陸許可願います。」
「了解、着陸を許可する。」
「感謝します」
マイクを離した手塚は当たり前だろという顔で微笑んだ。

沙友理の乗るスカイエッグが先に着陸した。
すぐに機体から沙友理が降りてきた。
もうすぐ宇宙遊覧船が戻る。沙友理はじっと空を見つめる。

「見えました、こっちへ来ます。来ます、?」
「どした?生田、、まさか白石!」
遊覧船は管制塔めがけて突っ込んで来る!
生田が叫ぶ!「ぶつかるー!」
その瞬間、管制塔のすぐそばを轟音と共に遊覧船がかすめて行った。
管制塔内は衝撃波の振動に襲われた。
「最後の最後でやりやがったな、白石!始末書だ!」

ゆっくりと遊覧船は着陸し、乗客をおろした。
そのあと、コクピットから白石も降りてきた。
すると、周りに乗客が集まり、盛大な拍手をおくってくれた。
白石はそれに応えるように手を振り、ステップを降りてゆく。
その下には沙友理もいた。止まない拍手の中、2人は硬く握手した。

管制塔からは生田と手塚も降りてきた。
「白石、やってくれたな。始末書だ!」
麻衣は沙友理と目を見合わせたあと笑いながら叫んだ。

「上等だ!」

その場に大きな笑い声があがった。

その声は、陽の傾き始めた空にどこまでも響いた。





乃木坂46 3rd アルバム「生まれてから初めて見た夢」収録(2017年発表)

秋元真夏、生田絵梨花、生駒里奈、伊藤万理華、井上小百合、衛藤美彩、北野日奈子、齋藤飛鳥、
斉藤優里、桜井玲香、白石麻衣、新内眞衣、高山一実、寺田蘭世、中田花奈、西野七瀬、
樋口日奈、星野みなみ、堀未央奈、松村沙友理、若月佑美

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