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エッセイ ふたつの街(前編)

【今回は1986年に発売されたソロアルバム「砂金」に封入されていた特典のブックレット内のエッセイ「ふたつの街」の前編をご紹介】

◉ゆるゆるとのぼる陽炎の街

 学生の頃に住んでいた街は、都心に近いにもかかわらず、駅を降りるとまるで地方の小さな町に来たような気さえする、こぢんまりとした所であった。

 駅を出ると、すぐ正面に小さなローターリーがあって、その向こうにまっすぐのびている細いバス通りがある。それが街の中心となる商店街である。

 夏、アスファルトの照り返しで蒸しかえるようなその路を、今にも軒をこすりそうな勢いでバスが通り抜けてゆく。

 その埃っぽい商店街を歩くと、中程に老夫婦が経営する小さな食堂を見つけることができる。となりの古本屋と並んで、そこの一角だけが時代に取り残されたようにくすんだ色をしているから、ひとめでわかるだろう。

 引き戸はカラカラと乾いた音をたてて開き、四つほど並んだテーブルまでが古めかしい。

 食堂といっても、ラーメンといそべ巻きがあるくらいで、もっぱら客は暑い日に氷イチゴをめあてに入って来るのみである。

 夏が終わり、秋が深まりかける頃に「氷」というのれんは消え、代わりに店のかたわらで今川焼きを売り出す。

 物静かな夫婦が作るラーメンは、とびきりうまいとかいうわけでもなく、どちらかといえば、藤沢あたりの海の家で食べたことのあるラーメンに似て、昔懐かしい味がするのである。

 賑やかな商店街の中で、不思議なことにその店の前に立った時だけ、しんと静まり返った感じがしたのを覚えている。

 今でも時々、その店のことを思い出すのだけれど、そのたびにボクはまた違う種類の妙な気分におそわれる。

 というのは、それが、とっくに無くなってしまった店のことを想い出しているのか、それとも、今でもそこに行けば老夫婦がゆるやかな日ざしの中でのんびりとすわっているのか、自分でもわからなくなっているからだ。

 しばらくその路を通っていないのだから、実際に確かめてみれば済むことだが、何となくそれもこわい気がする。

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