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NO REPLY

【雑誌「CAZ」にて1989年に連載スタートした「プライベートソングズ」を原文のまま掲載します】

 最近、3人の女の子の電話が音信不通だ。というのは、回線が切れてたり、電話機が故障しているわけではなく、向こうから電話もかかってこなければ、こちらがかけても返事なし、なわけだ。はやりの留守番電話の応答でもない。アドレス帳に書かれた電話番号をまわすと、例の、
「この電話番号は現在使われておりません。もう一度お確かめになっておかけ直し下さい」
という抑揚のないテープの声が流れる。つまり、番号が間違っているか、引っ越してしまったか、あるいは番号を変えたのだ。一応、もう一度かけ直してみる。また同じメッセージ。RPGのゲームだって2回めは違う情報が得られたりするのに、などと怒ってはみたが、どうするすべもない。

 一人は作詞家の女の子。半年ぶりに電話した結果がこうだった。彼女とした話を思い出してみる。売れっ子作詞家だった彼女は依頼が来た仕事を全部引き受けていたが、あとになって、ずいぶんひどい仕事をした、と悔やんだらしい。近頃では自分が気に入った仕事しかしない、と言っていた。一度引き受けてしまうと次から断りにくい、というのは僕も経験済みだからよくわかる。

 そういえば「電話をかけて欲しいのに……」という彼女の詩があったような気がする。本当に電話して欲しい相手からではなく、来るのは仕事の依頼ばかり、という状況は想像できないこともない。まして、私生活も含めていさぎよい生き方をしている彼女が、朝夕に窓の開け閉めをするくらいの気持ちで、電話を変えてしまったって不思議じゃない。

 さて、女優の方はというと、最後の電話で言ってたっけ。イタズラ電話に悩まされ、一度電話番号を変えたにもかかわらず、また同じイタズラ電話。これは、もしかしたら知り合いの中に犯人がいるのかもしれない、と。「ボクじゃない」とその時は笑った。昔から知っている僕が疑われたとしたら、これは悲しいことだが、少々あぶなげで、破綻派の彼女のことだから、一時的に世の中の男全部を信用できなくなっても不思議ではない。

 そして、3人め、歌を唄っていた女の子。彼女と最後に会ったのは映画館のエレベーター。上映時間ギリギリに飛び込もうとした僕は、前回を観終わって出て行こうとしていた彼女とすれ違った。
「会いたいと思ってたんだ。電話するね」彼女は言った。それ以上の時間の余裕はなかった。彼女は最近所属事務所をやめたばかりで、その先どうするのか心配だったが、それきり電話はなかった。郷里に帰ってしまったのだろうか。旅行に出たらしいという話も伝わってきた。遠い所で気分を洗い流しているのだろうか。

 と、以上は僕の身勝手な想像に過ぎない。それが本当かどうか、返事はない。街を歩くと、やけにサバサバした女の顔が目立つ。まるで立て続けに失恋したような気分だ。


関口コメント:
もう時効だと思うので実名を明かすけれど、作詞家というのは銀色夏生さん、女優は今も親交のある洞口依子さん、シンガーは山岡夏さんのこと。人生の紆余曲折は当然のこと。ぜひ再会したいものだ。

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