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ウクレレオーケストラ・オブ・グレートブリテン

今回の投稿は、2003年に発売されたウクレレオーケーストラ・オブ・グレートブリテンのアルバム『シークレット・オブ・ライフ The Secret of Life』に寄せた関口和之のライナーノーツをご紹介します。

ーウクレレという楽器を持った時点で
音楽家としては人前でパンツを脱いだようなもの。
でもそこに蝶タイを締めてみるともっと面白いー

 僕が渋谷の楽器店でフェイマスのウクレレを手に入れたのが1986年のこと。時を同じくして、しかも同じきっかけで同じウクレレを同じ教則本付きで手にしたコラムニストのえのきどいちろう氏とともにイギリスで「ウクレレ・バリュエーション」というアルバムを出したグループの話をした覚えがある。これは世界的なシンクロニシティーに違いない。ウクレレは確実にキテるぞ、とその時は思ったものだ。実際はその後何年間も、ウクレレという楽器がポピュラー音楽の表舞台に出てくることはなかったのだが。しかし、あの竹中直人氏も「ウクレレ・バリュエーション」を聞いて自分の映画のサントラにはウクレレを使おうと思ったのだそうだ。それがのちに映画音楽賞をも受賞した竹中監督デビュー作「無能の人」となる。サントラを作ったGONTITIが日本の若い音楽ファンにハワイのウクレレの神様オータサンを紹介する形になった。それを考えると「ウクレレ・バリュエーション」も「無能の人」も後の日本のウクレレムーブメント(?)に多大な影響を与えた作品ともいえる。

 1985年イギリスで結成されたウクレレオーケストラ・オブ・グレートブリテンは5人から30人という流動的なメンバーで活動するウクレレグループ。ベースでさえも大きなウクレレと言い張ってしまう彼等のこだわりとポストモダンな音楽センスはウクレレという時代に取り残された楽器にあらたな可能性と支持層をもたらした。と多分デビュー時はそのような評価だったに違いない。ウクレレという楽器を持った時点で音楽家として人前でパンツを脱いだようなもの。彼等の音楽的姿勢は「すでにパンツを脱いでいるのだから今さら気取ることはない。でもそこに蝶タイを締めてみるともっと面白いでしょ」ということなのかもしれないなと僕も当時は思ったものだ。

 つまり、かなりキワモノ的な匂いを発していたことも確かで、2枚目のアルバムが発表された際も「え、ほんとに活動してたの?」といった驚きの方が大きかった記憶がある。そして1994年、まさかの来日ツアーである。東京、大阪、名古屋と想像もできなかったいきなりの日本制覇。渋谷のクアトロでの2日間、確か日替わりのゲストは牧伸二師匠と高木ブーさんだった。ケイトブッシュの「嵐が丘」に音楽評論家が大声で笑ってたのをよく覚えている。いや、確かに文句なしに楽しいライブだった。演奏も程よいエンタテイナーぶりも気持ち良かったが、何よりも彼らの音楽センスや趣味の良さといったものを感じさせられたステージだった。一生懸命弾けば弾くほど聞く方は力が抜けるというウクレレの見事な背反律を知り尽くしたうえでの留まることを知らぬ遊び心。その楽しさはウクレレのポテンシャルそのものを表現しているような気がして僕も心の中でスキップを踏みながら帰ったものだ。その日ライブ会場で名刺交換した高木ブーさんから「ウクレレオーケストラみたいなのを日本でもやろうよ」と後日電話で言われた。日本のウクレレシーンが急展開するのはもう少し後のこと。

 そして21世紀の日本、ウクレレの認知度は格段に上がり、いろんなウクレレが普通に楽器店で販売されている。第二次ハワイアンブームからウクレレを手にする人も加わりウクレレ人口はこの数年で200倍いや500倍(推定)には増えた。今や普通の主婦やOLさんもウクレレを手にしている。ウクレレは日本ではもはや楽器ではなく日用品だ。

 いや、それは言い過ぎかもしれないが、手にする人間にとって特殊な楽器ではなくなろうとしている。この10年で日本のウクレレ事情は大きな変化を遂げたのだ。

 かくして2003年、ウクレレオーケストラの5枚目(!)のアルバムが届いた。再来日も予定されているという。今回のメンバークレジットは8人。相変わらずお見事な選曲ととぼけたオリジナル曲と掴みどころのない無意味に熱いパッション。さすがである。今度の来日はどういう反響を呼ぶだろうか。もしかしたらカジュアル(フォーマル?)なウクレレ演奏のお手本として意外なポピュラリティーを獲得するんじゃないかと密かに期待している。なぜならもう日本はウクレレの国だから(笑)

 それにしてもなぜイギリスでウクレレなんだろう?という基本的な疑問は残る。過去をさかのぼれば、ジョージ・フォーンビー(1904〜1961)という日本でいえばエノケンみたいなボードビリアンがバンジョーウクレレをかき鳴らして歌い22本も映画に出演するほどの大人気を博したという記録くらいしか思い浮かばない。イギリスとウクレレを結びつけるものは他にあるのだろうか。趣味を大切にするイギリス人気質にマッチしたのだろうか?ハワイでイギリス人ってあまり見かけないけれど、彼らはハワイへは行ったことあるの?ところで全英ウクレレ協会ってほんとにあるの?ジェイク・シマブクロって知ってる?疑問は疑問を呼ぶ。ポルトガルから遙か海を渡ってハワイへ、そしてアメリカ本土へと渡ったウクレレがまた大西洋を越えてイギリスまで到達していたのだなと感慨に浸るのは僕だけかもしれない。どっちにしろ、そこにウクレレがあったから、と彼らは応えるに違いないし。お箸の国日本でこんなにウクレレが流行っていることの方が不思議といえば不思議かもしれない。きっと彼らも驚くに違いない。

 一度彼らをハワイに連れて行って「UK goes to HAWAII」というドキュメンタリーを製作してみたいな。ただの思いつきだけど。

2003年10月 by 関口和之

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