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エッセイ ふたつの街(後編)

【今回は1986年に発売されたソロアルバム「砂金」に封入されていた特典のブックレット内のエッセイ「ふたつの街」の後編をご紹介】

◉ジャラジャラと鳴る夕日の街

 あの南の島へ行ったのは、もう4年も前のこと。ヤシの木よりも高い建物を建てちゃいけないなんていう変な法律がある島である。

 島で一番大きな町は、きっと30年前の新宿があんなだっただろうなという雰囲気の、舗装もされていない通りに人々の活気だけがあふれている所である。

 交通機関の大半は自転車だが、ひともうけしようと企む若者たちはなけなしの金で小さなワゴンを買って、乗り合いタクシーとして商売をしている。

 通りを歩いていたら、島の女の子が話かけてきた。見れば見るほど年齢がよくわからない、そんな感じの女の子だった。カタコトの英語と日本語で親しく話かけてくる。

 「何か買いたいものがあるのか」と聞くので、「大きなパティックとシャツが欲しいんだ」というと、その陽にやけた女の子は大きくうなずき、いい店がある、といって歩きだした。

 ところが、彼女はどんどんと薄暗く湿った路地を入ってゆき、表通りからは絶対見つからない店にボクを連れて行った。

 しかし、そこは彼女の親せきがやっている店というだけで、特別安いわけでも何でもなく、彼女もマージンと案内料が欲しかっただけなのだとわかって、少しがっかりした。

 その、日の当たらない路地には果物屋も店を拡げていて、見たこともない果物が並んでいた。グロテスクな外見の果物をむいて食べてみると、おそろしく甘く、ブドウと杏を混ぜたような味がした。

 島の物価は日本の1/3から1/5。しかし、買物には注意を要する。ほとんど値札というものが付いていないから、すべて交渉で値段を決めなければいけない。特に日本人は金持ちだと思われているから言い値で買ったら大損である。ボクはアロハ2着を千円近くで買うために一時間を費してしまった。

 ビーチのカフェでひと休みした時に出て来たアイスコーヒーは砂のようなコーヒーの粉がコップの半分近くも沈殿していて、その上ずみ液を飲むようなかっこうになる。

 蒸し暑い島の午後はそんなふうにまたたくまに過ぎてしまい、日没が近づく。それにつれ村人たちは三々五々浜に集まりだす。水平線に沈む夕日を見るためだ。

 子どもたちはとても澄んだ眼をしていて、その眼で物売りやお金をせびりに来られると、邪険にするには後ろめたい気がして困ってしまう。

 やがてエキゾティックな鐘の音とともに夕日が沈む。耳の奥でいつまでも音楽が続いているような気分で、ボクは夕暮れの余韻を楽しんでいる。その時、ふとその島をとても気に入っている自分に気がついた。

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