見出し画像

ZORNの武道館公演は、どのようなものだったのか。

注意:映像化までネタバレを避けている方は読まないで下さい。

2021年1月24日。感染の不安と、集客の心配を勝手にしながら入った日本武道館内は、ひどく寒かった。おそらく換気の為と思われる。人数制限とはいえ、空席も散見される。特設されたステージにはシンプルなDJブースがあるのみ。ロゴも何も無い。会場中央の上空に垂れた日の丸が、余計に会場を殺風景なものにしていた。

(写真:wikipedia)

しばし待っているとDJ TATSUKIがそそくさと位置に付く。暗転する場内と同時に派手に鳴り響く爆発音。真っ赤な映像が映し出されて初めて、縦長に伸びた5つのスクリーンに気付かされた。観客は皆、映画でも観るかの如く着座してそれを静かに眺めるままだ。
新小岩駅に到着する総武線のアナウンスが流れ、1曲目は「Shinkoiwa」から始まった。下からゆっくりと姿を現したZORNは、ウェーブがかった髪型に黒のジャケットを着ている。<白のシャツにVANS 衣装買う気なく>と始めるZORNも、流石にこの日だけは特別なようだ。しかし、そんな印象的な主役の登場にも、会場の反応はまばら。<たつや達に伝えとけよ焚くな日本武道館で>と今日の為のパンチラインにも無反応。これがコロナ禍におけるコンサートか…と思いながら「Shinkoiwa」が終わるのを眺めていた。そして次にかかった「I Wanna Be A Rap Star」のアグレッシブなイントロと共に、真っ赤な照明がステージを照らす。イントロにドラムロールが乗ったその瞬間、「立てえぇ! 」と観客を叱り飛ばすように叫ぶZORN。筆者は1階アリーナの最後の列に座っていたのだが、日本武道館場内の全員が堰を切ったかのように声をあげながら立ち上がった瞬間を目にした。それはまるで永い自粛から解き放たれたかのようで、2021年1月だからこそ起きた爆発的な盛り上がりの瞬間であった。
これだけでも来た甲斐があるのだが、更に怒涛のライブは続く。あくまで筆者の主観に過ぎないのだが、この一夜を体験できた事を後々まで自慢できるだろう。とはいえど都合がつかないだけでなく、状況を鑑みて行かなかった・行けなかった者もいたに違いない。以下、そんな人達へ向けてレポートを届けたい。

バックのスクリーンに曲名「Dark Side」と曲名が映し出されると懐かしいイントロが始まる。ZONE THE DARKNESS名義の頃の曲に歓喜する声が所々で僅かに漏れていたが、その声がより一斉に大きくなった。3曲目にして客演の漢 a.k.a GAMIがスクリーンの合間から突如現れたのである。曲が終わるとZORNへ感謝の言葉を手短に送り、漢はすぐに姿を消した。続いて少年院へと向かう情景を綴る「Birds In The Cage」で、旧名義の頃のような繊細な声と詰め込んだライムを披露し、昔からのファンを喜ばせる。<どん底の情景>を描いた曲から繋げる次の曲は「No Pain,No Gain」。哀愁あるイントロから疾走感のあるビートへと転調する瞬間に、どよめきが起きた。後半にANARCHYも勢い良く登場し、ステージ上を縦横無尽に動き回って盛り上げる。その太い声と聞き取りやすいライムに立ち振る舞い、全てにおいてANARCHYの貫禄を見せつけたパフォーマンスであった。<救いは無ぇ神だって素通り>の人生から、最悪のタイミングでも武道館を熱狂させるまでに至ったZORNの姿に、自分はここで興奮が過ぎて目頭が熱くなってしまった…。ANARCHYが去った後、雨音が場内を包み込み「降り止まない雨」を途中まで披露し「Memory Lane」「Changing」と続き、DJ TATSUKI名義の曲「Invisible Light」を披露。フックと最後のヴァースを担うKvi Babaも登場し、シームレスに彼を迎えた曲「Keep Wishing」へと繋がる。虚空を見上げて表情を変えずに歌うKvi Babaからは緊張感が伝わるようであった。

ここで初めてZORNは「グッナイ(Interlude)」のビートをBGMに挨拶をする。「今日はお足元の悪い中~」と律儀に始まり、若干おどけた瞬間も挟みながらコロナウイルス感染症対策を徹底した公演にする事を誓う。「そもそもヒップホップは逆境に向かってゆく音楽。こちらとしては平常運転。これは不要不急の外出なんかじゃないと信じてます」というマイク・パフォーマンスに観客は大きな拍手を返し、「Have A Good Time」へ。序盤は硬かった観客もアップテンポなビートに体を揺らし、DJ TATSUKIのジャグリングを拍手で讃え、ZORNのライムに声を合わせるようになっていた。しかしこの曲の客演、AKLOが出ることはなかった。

続いて、妻への愛を歌った「Muse」と「Honey And Mustard」を終えた後に場内は暗転し、ZORNは姿を消す。後にZORNのみならず多くのラッパーの曲を多く手がけるdubby bunnyが1人登場した。スポットライトに照らされた椅子に腰掛け「コインランドリーにて」のギターを弾く。プログラムされたビートが続く中、人の手によって目の前で奏でられる美しいメロディーには逆に新鮮さを感じた。そのまま彼がプロデュースした「葛飾ラップソディー」のイントロを弾き、ZORNが再び登場する。フックを歌う旧友のWEDYも登場し、共に演じた。dubby bunnyは残り、ギターを弾き続ける。「良い事はなかなかやってこないけど、嫌な事は何もしないでもやってくる。そういう日はのんびりと寄り道。高級ディナーよりもコンビニのおにぎり」と言ってファンたちは盛り上がる。当然、この前フリからは始まるのは「Walk This Way」。先ほど登場しなかったAKLOがギリギリのタイミングで登場し、更に盛り上がる場内。その拍手からは安堵すら混じっているように思えた。曲を終えたZORNは、AKLOが呪術廻戦のEDテーマが好評となってから連絡を返してくれない事や、アニメについて詳しくない様子を茶化す。あまりメディアに露出しない2人の戯れ合う会話は貴重だ。AtoZ tourで培われたと思われる呼吸ぴったりにトークから「Rollin’」に入り、NORIKIYOも曲に途中から加わる。3人揃ったところで次はAKLOがZORNとNORIKIYOを迎えた「RGTO(REMIX)」をプレイして場は大いに盛り上がった。

曲が終わると明るいムードで2人を見送り、アグレッシブな「Passion」から、祖母の死と生死観をテーマにした「かんおけ」と続けた。2曲が終わるとAK-69の曲である「If I Die feat.ZORN」が流れる。驚きの混じったどよめきを背に受けながら、ロングコートにゴールドチェーンを首から下げ、サングラスをしたAK-69がゆっくりと下から登場した。大きな拍手で喜ぶ観客達。ZORNは伏字の部分まで歌い、<焚かないでください>の部分をAKが叫ぶ豪華な瞬間だ。「もう一度武道館に立たせてくれて本当にありがとう! 」と言って去るAKを盛大な拍手で贈るオーディエンス。静まり返ってから、優しいピアノの伴奏が流れる。AKが息子の産声を使用した先程の曲から、ZORNは2人の娘へと宛てた「Letter」へと繋いだ。歌う前に「最初は3歳と1歳だったお前らも、もう12歳と10歳。最近じゃ話しかけても『それな』しか言わないけど、彼氏ができたら紹介しろ」と盛り上げてから始める。潰したダミ声を優しい声に戻し、連れ子である娘達と親子の関係になる喜びと不安を歌ったこの曲は、ZORN自身が涙しない事が不思議なほどに涙を誘う瞬間であった。続いて妻への尊敬と愛をテーマにした「My Love」に続く。この曲の最後の4小節<一回全てを手にしたい とりあえず全てを手にしたい そんで成功と平凡見比べて「やっぱこっちだったな」とお前に言いたい>と、噛みしめるようにアカペラで終わらせたZORN。続けてフリースタイル気味に「でも上がれば上がるほど、カマせばカマすほど、一家団欒は減っていった段々。この中に若いラッパーはいますか。俺は実力だけでここまで来た。みんな知ってんだろ。ラッパーに必要なのはドラッグやコネじゃねえ。この、ワンマイクだけ」と語り、「One Mic」が流れる。やはりフックではKREVAの登場だ。白いロングコートを身に纏い、王者の風格を漂わせるのは存在感だけでは無い。声の通り方が尋常じゃなくクリアで鮮明だ。スロウなフロウでもないのに全ての言葉がハッキリと聞き取れる。やはりベテランにはベテランある所以があると感じた瞬間だった。続いてKREVAの曲である「タンポポ feat.ZORN」が流れる。KREVAが本邦初公開と叫ぶところから、ライブで演じるのは初めてなのだろう。しかし、そうとは思えないほどに見事なマイクリレーを披露する。曲の後半で細かくマイクを繋ぐ場面で両者はステージの中央で向き合い、互いに激しくライムを飛ばし合う。その姿はまるでスポーツのようで、真剣な眼差しのZORNの姿が印象的だった。曲を終えてKREVAは去り際「武道館はキングへの第一歩! 」とシャウトをZORNに送る。

AKにKREVAと連続した盛り上がりを「柴又の夕焼け」で一旦落ち着かせ、ステージを去るZORN。代わりにお笑いコンビのカミナリが登場する。数日前までは観客席にいる予定だったとチケット代の払い戻しを心配してボケるまなぶ。定番のどつきツッコみからアカペラでZORNの「Life gies on」を丸々ワンヴァースキックするたくみ。途中、緊張からネタを間違えるもそれが返って笑いを生み、漫才から「Don’t Look Back」への前フリをして、カミナリはZORNと入れ替わった。4日前のオファーにも関わらず応えてくれたカミナリへの感謝を表しながら、白い無地Tへと着替えたZORNが登場し、昭和レコードからの旅立ちを歌ったこの曲を始める。曲が終わった後に再度<岐路に立ち 尻込みしない ブレないまるでSHINGO★西成 ガンジャ、コケインより感謝と尊敬 俺が狂ったのは般若のせい>という部分を力強くアカペラで披露。すると般若の代表曲である「最ッ低のMC」が流れ出し、場内は大きな歓声で満たされる。スクリーンの間から飛び出してくる般若、SHINGO★西成。「待たせたな!」と叫ぶZORNの3人が揃えば勿論、やるのは2014 Showa Remixヴァージョンだ。曲を終えた後、般若は錦糸町でZORNを昭和レコードに誘った日から、3人での制作やツアーの日々、自身の武道館から三軒茶屋の喫茶店で話をした日の事を振り返り「全部覚えてるよ」と熱く語り、固い抱擁をZORNと交わす。SHINGO★西成は「般若、ZORN、信号(SHINGOを)無視は危険でっせ〜! おっめでっとさ〜ん!」と彼らしいユーモアで褒め称える。2人を見送るZORNは「あぶなかった〜…」と汗を拭うかのように一瞬目頭を抑えたように見えた。
それから昭和レコード以前に10分1万円のノルマを払ってライブをしていた時代を振り返り、ZONE THE DARKNESS名義の代表曲「奮エテ眠レ」から、「Life Story」へと繋ぐ。この2曲を並べると、改めてZORNの夢や人生観への表現が大きく成長・変化している事に気付かされる。間奏で客演のILL-BOSTINOが、静かに姿を現すのだが、衣装はAKやKREVAに比べれば質素なものだが、オーラは両者に勝るとも劣らない。むしろ並ぶと際立つBOSSの大きな体躯は、太くて重い存在感を放っていた。曲を終えたBOSSはZORNの手を固く握り、耳元で何かを語ってから去って行った。

一呼吸置いたZORNは昨年末に、あるラッパーと新曲を録った事を振り返る。そして「その人は今日、ここには、来れません」と残念そうに語る。当然のように豪華ゲストが登場し続けたこのタイミングでは、逆に驚きを感じた。リリース前だからビートを流せないと言って、その曲をアカペラでラップするZORN。<トウカイテイオーのような豪快KO>、<コロナでも叫ぶTOKONA-X>といった”その人”のヒントとなるようなリリックだけでなく、<スポンサーつけず武道館埋める、タレントじゃねえぞクソッタレ! > 、<おめえらは女や酒と煙。共演者が俺なら下げとけ無理! >といった長い韻と硬派なパンチラインに、初耳にも関わらず何度も沸き立つ武道館。盛り上がりが冷めぬうちに「Rep」のイントロが流れる。更にヒートアップした場内に向かって「街から1人勝ち上がれば、その街の全員に価値がつく! 」と言ってZORNはフックを始める。ZORNのヴァースと2度目のフックを終える寸前にOZROSAURUSのMACCHOが登場し、会場内はこの日ピークの盛り上がりを見せる。怒涛の韻が散りばめられた曲をエネルギッシュにパフォーマンスした後、「でも仲間たちは『Rep』やっただけじゃ納得してくれませんでした。あの日、俺達が狂ったようにカラオケで歌ってた曲、お願いできますか」と言うZORNに応え、MACCHOはOZROSAURUSの代表曲「AREA AREA」を始める。しかもMACCHOのヴァースが終わった後、ZORNはフックを共に歌い、続けて後半のヴァースを始めた。それが完全にオリジナルのリリックなのだ。<AREAからAREA 成功してもセリアかサイゼリア>という”飛距離ある韻”に振り返りながら笑ったMACCHOはZORNの元へ駆け寄り、2人で肩を並べて再びフックに声を張る。昔からの友人たちへ、昔から憧れたラッパーを呼び、あの日歌った歌を日本武道館で歌って見せるZORN。これ以上ない地元の友達たちへのプレゼントだ。

これでホーミー達への目配せは終わりかと思いきや、まだまだ続く。「ガキの頃、狭い町の中で育った俺達は、自分たちが一番イケてると思ってました。多分、井の中の蛙でした。それから大人になって、色んなものを見たり、色んな人に会ったりして、わかりました。やっぱり、俺達が一番イケていました」そう語りだして始めるのは、まさにその価値観を曲にした「Evergreen」。最後の<武道館でたむろ ヒップホップ・ドリーム>の部分をアカペラにして終わらせると「わからしてやる! そう言ったろう? 15の時、俺はそう言ったろう? 俺は忘れない! あのマック前! 俺は忘れない! あのコンビニ前! 」と言うと後ろのスクリーンにマクドナルド新小岩南口店が映し出され「All My Homies」が流れる。

この時、冒頭に書いたように自分はアリーナ最後の列に居たのだが、変化に気がついていた。アリーナの最後列より後ろの壁際でたむろし、スマホでステージを撮影しても警備から注意を受けない男たちが居なくなっていた。「こんな機会は滅多に無いんで、地元の仲間達ステージにあげていいですか」そうZORNが言うと、さっきまで壁際に居た男たちがゾロゾロとステージに登場する。その数、ざっと30名近い。娘を連れた者もいれば、目出し帽で顔を覆う者もいた。「皆で集まれることも少ないんで、カラオケやらせていただきます」そう言って、後半のヴァースは仲間たちがマイクを回しながら脚韻の部分を大合唱。最後に<今度ライブあるから来い 横浜アリーナやっからよ!>というサプライズ・ニュースに大きく歓声が沸いた。最後のフックを地元の仲間達と叫ぶように歌い、各々で記念写真を撮り合う仲間達。なかなか帰らない様子に、「あのぅ、そろそろ…」とZORNに返される男達を観客の温かい拍手が送り出した。

そして仲間たちを見送ったZORNは次の曲が最後である事と、アンコールは無い事を告げ、仲間やコロナ禍で足を運んだ観客達に感謝を述べる。そして、日本のヒップホップの成長を祈願し「まだまだこれから凄いことになります。ワクワクしますよね。KOHHを紅白で観たい人、どれくらいいますか! 舐達麻をミュージックステーションで観たい奴は!? 」という問いに歓声と拍手で答える場内。「ヒップホップは何って聞いたら、ラッパーの数だけ答えがあると思います。そしてそれは信念があればその全てがきっと正解。僕にとってのヒップホップって何って聴かれたら…人生です」そう言って最後の曲であり、このワンマンのタイトルにもなっている「My Life」が始まる。エンドロールのように静かに始まるピアノ。それを静かに見守る観客。仕事、家族、最後にラッパーとしての人生をテーマにした曲を終えたZORNを、盛大な拍手と明るいライトがステージを包み込む。場内を見渡し、「TATSUKIにも」とバックDJと拍手を分かち合ったかと思うと、「じゃ、明日も仕事なんで帰ります。おつかれっス」と、拍子抜けするほど軽い挨拶で締めくくり、2人はあっさりと消えていった。明朝の様子は、皆が知っての通りだ

こうして振り返ると、先日のステージは完璧だった。トークも含めて何一つミスも緩みも無かった。それどころか、ZORNは所々のリリックを2021年版にアップデートすらしている。〝鬼滅〟や〝コロナ〟といった遊び心だけでなく、夢を追う側の視点で語られた「奮エテ眠レ」では、今の自分が過去を振り返る視野にリリックが書き換えられていた。きっと観直す機会があれば、気がつかなかった点も多くあるのだろう。そして豪華ゲスト陣を引き立てつつも、2時間半に渡って観客を全く飽きさせずに主役を演じ切るパフォーマンスも素晴らしかった。脳裏に焼きつけたつもりだが、今も映像化が待ちきれない。
そもそも思えば、働きながらの音楽活動で日本武道館ワンマンを成功させたアーティストは、ZORNが初めてではないだろうか。安定した仕事を続けている事。結婚をし、連れ子を迎えた父である事。それでも、ラッパーとして夢を追っている事。もしZORNが成功を納めていなければ、嘲笑いの対象にもなり得る人生だ。しかしラップだからこそ、それをダイレクトに表現の糧にできる。しかもZORNのラップは高度なだけでなく、そんな人生だからこそ生まれたリアリティに富んだ表現が武器だ。そんな彼を育んだ、主に00年以降に活躍する日本語ラップのレジェンド達が、街やスタイルを超えて一つの場所に集まった事も歴史的だ。そのベテラン達は、いずれも日本語でラップする限界点を押し広げる開拓者である。彼等から祝福を受けるZORNの様子は、彼らの探求が一つの実を結んだかのようでもあった。15年前にはレジェンド達に心奪われたZORNになる前の杉山少年が、その夢のラッパー達を集めて武道館に立つ。なら、15年後に日本のラップがどのようなものになっているのか。「これからの日本のヒップホップ、ワクワクしますよね! 」そう観客へ語るZORNの姿が、今も頭から離れない。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?