見えない明日と自己肯定感

2020年3月30日(月)、仕事を失くしてしまった。
長い闘病・休職の果て、前週3月27日(金)に担当医から「復職可能」と診断された翌週のことである。

「今、出社してもらうのは……感染も心配だし。
案件が飛んだりして、在宅でやってもらえる作業がないのよ」


え、ちょ、ホントに…!?
もちろん、ある程度の予想はしていたとはいえ……ホントに!?

良くない予想は、加速度的に現実になっていく

4月8日(金)には非常事態宣言発出。
そしてせきを切ったように、映画の公開延期やデパートでの展示企画、コラボカフェ中止が出回る。

筆者の仕事はエンターテイメント関係。
2月頃から目に入っていたエンタメ業界の自粛などを受けて、他人ごとではないと頭の片隅では考えていた。

だけど、ここまで元気になったのに……!?

たった1人の身勝手な想いだが、この数年を思い返し、
心の中でかつてない程の焦燥感や悔しさが渦を巻いた。


私が患った病は、うつ病。
まだ寛解はしていない。

―――

世間で騒動が収まった頃には、会社が潰れているかもしれない。
自粛によって業界が縮小してしまったら、私の居場所はもうないかもしれない。
だからといって、何ができる?
免許も持っていないから、デリバリーの臨時バイトもできない。

私はこの先お金がなくなって、ご飯さえ食べられなくなってしまうかもしれない…!!

……あぁ、このままでは、また悪化してしまう!!

―――

隙あらば、そんなゾッとする不安感が、手に、足に、背中に…体中に張り付いている。

その恐怖への対抗策をひねり出そうとして目に飛び込んできたのは、
積読していた【自己肯定感】に関する書籍……。

……うげ。

休職中にこういった書籍を何冊か買ってはいたものの、
筆者は自己肯定感やスピリチュアルなどに根拠のないアレルギーを持っている。

正直なところ、今自己肯定感が芽生えたからといって、状況は何も変わらない。
ただ、大変勝手ながら、この「かもしれない論の恐怖」は、コロナや自粛で生じたものではないのだ。
自身が作り出している。それは、分かっている。


だったら、まずはこの恐怖に呑まれないようになりたい。

もし自身が、
「この仕事なくなっても、自分超ハイスペックエキスパートファイヤーなんで、
何やっても生きていけやすよ!」
みたいな自信があって行動力もあり、実際なんでもこなせてしまう人間だったら、
先述した恐怖は抱かなくて済む……“かもしれない”。


繰り返すけど、状況は変わらない。
今日も明日も、たぶん明後日も私は引き続き休職。
恐怖にとらわれた妄想ではなく、実際に職をなくす=収入がなくなる可能性だってある。


……でも、そんなの困るんですよ!!困りますよね!?


なので、良くも悪くも状況が変わった時に、
それに耐えられる自分になれるよう、少しでも足掻いてみようかなと。


その傍ら、1人のエンタメ好きとして、
今観ておきたい配信動画やアニメなども紹介していきたいと思っている。


出口は見えないけれど、心の準備を、少しずつ。

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