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辻田絢菜「ハイドンのおまじない」(2022)

作品概要

「名前の綴りを音に置き換える」という古くから使われてきた手法について、実際に響く音と文字との関連性について昔から少しだけ疑問に思う部分がありました。そこでこの二つの点について自分なりの結びつきを見つけたいと思ったのが今回の作品のアイデアの発端になりました。

話は変わりますが、昨年魔女をモチーフにしたファッションブランドのショップに伺う機会があり、現代魔女の思想や、魔女に伴う文化についてとても興味を持ちました。そこで魔女と関連の深い「ルーン文字」という文字体系があることを知りました。

魔女のショップで購入したローズクォーツ

ルーン文字とは、古代ヨーロッパに於いて占いや儀式に使われていた文字です。その一つ一つにはそれぞれ象徴される「色」や「意味」があり、その文字の持つ意味からいくつかの文字を組み合わせてオリジナルの魔除けのマークを作ったり、自分の名前をルーン文字に置き換えたりと現代でも様々なシーンでルーン文字にお目に掛かることができます。
このような文字の使い方を知った時に、クラシック音楽における音名象徴としての文字の使い方も、一種の「おまじない」のようなものに近いのではと感じ、アルファベットを音に置き換えた音列を使うことの意味を自分なりに見出しました。

ルーン文字は現代のアルファベットに対応させることが出来ます。
今回の作品では「HAYDN」のアルファベット文字列を「音列」と「ルーン文字」に置き換えた6つのセクションからなる作品です。
音列として「シラレレソ」を使用する冒頭のセクションに続き、アルファベットをルーン文字に置き換えた際に対応するルーン文字が持つ象徴的な「意味」と「色」を音楽で表現しています。

冒頭の音名象徴による音列を使ったセクション。
「ハイドン」と発声した時のアクセントの高低差なども
呪文のようなイメージとして取り入れています。


次にHAYDNに対応するルーン文字と、象徴される意味と色を紹介します。
「HAYDN」をルーン文字に置き換えると「ᚺᚨᚣᛞᚾ」となります。

  ハガル
雹・破壊・突然のアクシデント・明るい青
雹の様に点々と音が降ってきます。じっとして嵐が過ぎ去るのを待つ様なイメージのセクションです。

  アンスール
口・コミュニケーション・暗い青
右手と左手でしゃべっているような構成になっています。左手は右手の言うことをだんだん聞かなくなります。

  エル
死と再生・防御・暗い青
ピアノの蓋をしめてハイドンの作品の一節を弾きます。

  ダエグ
始まりと終わり・夜明け・ルーティーン・光の力・明るい青
前のセクションからの再生の意味も込め、音列を使ったモチーフによるルーティーンで展開していくセクションです。

  ニイド
束縛・必要性・忍耐・黒
冒頭の再現が展開されます。

例えば少しだけでも日常の何かを変えたいと願った時、毎日帰る道とは違う道を使って行動する…こんなことを私は「おまじない」なのかなと思っています。
この作品を作るにあたって、ハイドンがもし音楽でおまじないをかけるとしたらどんな願いがあっただろう、と勝手に妄想しました。調性音楽や機能和声を確立した時代の音楽家と考えると、これからもそれらは強力なおまじないとして私を縛るのだろうなと感じます。(縛られているつもりはありませんが、調性的な響きは心で求めてしまうタイプで。)
大きな流れというものを良い意味で疑う姿勢はいつもどこかで持っていきたい、と願いながら本作の作曲にチャレンジしました。

ほんの僅かでもちょっとした変化を求める気持ちをいつも忘れないようにこれからも作品作りを続けて行けたらと思います。
最後に余談ですが、最近はぬいぐるみに興味があるので、ぬいぐるみに関した作品をいつか作りたいです🧸


作曲者:辻田絢菜のプロフィール

東京藝術大学音楽学部作曲科を経て、同大学院修士課程作曲専攻修了。
'14年 第83回日本音楽コンクール作曲部門(オーケストラ作品)入選、岩谷賞(聴衆賞)受賞。
'15年第25回芥川作曲賞ノミネート。 
‘18年NHK委嘱作品「CollectionismⅪ/Sidhe」がNHK-FM「現代の音楽」にて放送初演。
'20年 テレビ東京「シナぷしゅ」にてアニメーションMV「んぱぱぱぴぴぴん」放送。
‘22年 NHK Eテレアニメ「インセクトランド」音楽担当

アコースティック楽器として様々なものを扱い、音楽の聴き方を拡張できる現代の器楽曲を目指し創作に取り組む。
伝説上の生き物やアニメーション技法などからインスピレーションを得た現代音楽作品は東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団などにより演奏され、その様子はNHK-FM「現代の音楽」などでも紹介されている。
近年は、テレビ東京の幼児向け番組「シナぷしゅ」にミュージックビデオ作品を提供するなど、アコースティック楽器を使った幅広い音楽の楽しみを普及することを大切に、活動を続けている。

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